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日本のゴルフを歪ませた社用族・接待族

品格が求められるゴルフでは、クラブハウス内での現金授受など論外、たちまち除名された。そこでチョコレートが登場して、ささやかに「名誉」を賭ける者もいた。ところが鳴尾の70年史によると、会員、松本正一氏は賭けゴルフが大嫌い。

「そこである日、私はABC運動と名付けたキャンペーンに乗り出した」

 ABCとは「Anti-Betting Circle」の略、つまり賭けゴルフ反対の狼煙を上げたのだ。これは鳴尾に限った話ではないが、かつてのゴルフ場には一会員であっても正論が堂々と主張できる本物の自由が横溢、誰もが誇りに満ちていた。

それが、いつごろから歪んだのか答えは明白。バブルの時代に、会社のカネでゴルフをやる社用族が急増したのである。何しろ組織がグリーンフィーを払うわけだから、コースに肩書きが持ち込まれて当たり前、会社ぐるみ1番ティに引っ越したようなものだ。

「社長、ナイスショット!」

「部長、よく飛びますね」

記録に残るだけでも540年間、ゴルフには不文律というものがある。

「この偉大なゲームは、誇り高き紳士淑女によって築かれてきた。ゆえに金銭面での潔白はむろんのこと、精神的にも崇高でなければならない。真のゴルファーに求められる威厳は、個人の自立が出発点となる」

著名なゴルフ随想家、バーナード・ダーウィンは、このように不文律を要約してみせた。つまり自分のふところで遊ぶこと、威厳はここから始まる話だが、社用族、接待族に限って不文律の範疇にない。

新設のコース側にしても、個人のふところは狙いにくいが、接待費なら少々高くても問題なしと考える。そこで世界に例のない豪華なクラブハウスが誕生、料金も法人支払いが前提に設定された。こうした図式が日本のゴルフを一気に腐らせてしまった。「社長! 部長!」の声が消えない限り、質素かつ威厳に満ちた往時のゴルフは戻らないだろう。

ところで20世紀初頭のこと。スコットランドのさる名門コースに2台の馬車で乗りつけると、紹介者もなしにプレーさせろと吠え立てた欧州貴族がいる。応対に出た書記は、連中を睨みつけながら言った。

「公爵ですと? それがゴルフでどのように役立つか、とくと説明していただきたい。身分とか地位とか、人間の本質と関わりない汚れたものは門の外に置いて、もう一度出直しなさい!」

(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

夏坂健

1934年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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