いまどき、東京で10年続く店だって頭が下がるのに、それどころか歴史を重ね続けること100年以上。長く受け継がれ、愛され続ける老舗には、味そのもの以上に、“語り伝えたい”味があります。寿司、洋食、バー、和菓子に惣菜、定食か…
画像ギャラリーいまどき、東京で10年続く店だって頭が下がるのに、それどころか歴史を重ね続けること100年以上。長く受け継がれ、愛され続ける老舗には、味そのもの以上に、“語り伝えたい”味があります。寿司、洋食、バー、和菓子に惣菜、定食から駄菓子まで、今に継がれる味、そして新たな時代と共に生きていく味を、たっぷりご披露いたします。連載「100年超えの老舗の味」の今回は、東京・日本橋『神茂(かんも)』が江戸前期の創業当時からの製法を守り続けて作る、はんぺんのこだわりをご紹介!
元禄元(1688)年の創業当時から製法を守る
オフィスビルや商業施設が立ち並ぶ日本橋。ここにはかつて「1日に千両もの大金が動く」と言われる魚河岸があった。水路に囲まれた地形を生かして日本各地からの鮮魚、干し魚などが集まり、まさに「江戸の台所」だったという。はんぺん、かまぼこ製造の老舗『日本橋 神茂』が建つのは、かつての魚河岸の一角。創業は元禄元年(1688年)。以来、330年余りもの間、同じ場所で暖簾を守り続けている。
店先にたくさん並ぶ商品の中でも、名物といえば、なんといっても「手取りはんぺん」。創業当時から製法を守り、一つひとつ手作業で型取りしている逸品だ。木型に狭匙(せっかい)という道具を使い、はんぺんを形づくる様子はまさに熟練の技。「カン、カン」と木型を叩く音が工場に響き渡る。「木型にすり身を叩きつけるようにすることで、気泡が入ってふっくらと仕上がるんです」(18代目・井上 卓さん)
手取りはんぺん 432円、半月 324円
もちろん、一朝一夕でできることではない。手取りの様子を見せてくれた職人の岡敏男さんは、この道50年とか。測りなどは使わずとも、正確な分量で均一に仕上げていく様子は実に見事だ。そうやって形作られた「はんぺん」は次々茹であげられ、ふっくらとなめらかな「手取りはんぺん」となる。「はんぺんの材料は今も昔もサメです。かつて江戸湾近辺にはサメの産卵場所があったんです。だから新鮮なサメがたくさん手に入った。江戸時代の浮世絵にも、大きなサメを運ぶ様子が残されています」
原料の配合は、味の軸となるアオザメが4割、柔らかい食感作りに不可欠なヨシキリザメが6割。アオザメの漁獲量の減少から、タラなどに原料を変える業者も多い中、『神茂』の割合は長年変わらない。このこだわりこそが、長きにわたり、愛され続けている所以だろう。明治期には、宮内省の御用を務めており、御門鑑といわれる通行証が残っている。
関東大震災後も日本橋で営業を続ける
ほかにも、古地図や浮世絵、古い記録のあちこちに『神崎屋(明治以前の屋号)』、『神茂』の名前が見られ、店の歴史が日本の歴史に繋がっていると実感。話を聞くにつれ、はるかなる歴史に直に触れたような思いとなり、胸が熱くなる。当代で18代目。途方もなく長い間、こだわりを守り続ける姿勢には頭が下がる。「関東大震災で魚河岸は焼失してしまい、築地に移転。多くの水路も埋め立てられて道路になりました。昭和通りも元は水路だったんですよ」
震災後も『神茂』は日本橋で営業を続け、その後、戦時下統制による販売中止を経て再開。現在まで同じ場所で変わらぬおいしさを届けている。時は流れ、街は様変わりしたが、日本橋の地名や石碑などには、今もかつての面影が刻まれている。長年高速道路の下になっていた「日本橋」も、高速道路の地下化により空の下に戻るという。未来と歴史の混在する街・日本橋は、『神茂』のような老舗によって、守られているのだ。
[住所]東京都中央区日本橋室町1-11-8
[電話]03-3241-3988
[営業時間]10時~18時、土10時~17時
[休日]日・祝
[交通]地下鉄半蔵門線ほか三越前駅A1出口から徒歩2分
撮影/西崎進也、取材/田久晶子
※2023年5月号発売時点の情報です。
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