東西で飲み方が違う?酒米や工程から見えてくる日本酒の魅力を利酒師が徹底解説

東西で飲み方が違う? 酒米や工程から見えてくる日本酒の魅力を利酒師が徹底解説

東西で飲み方が違う? 酒米や工程から見えてくる日本酒の魅力を利酒師が徹底解説

日本酒は好きですか? 私は大好き! でもただ「旨い」と呑み、楽しく酔うだけだったりするのが実情。それはそれで悪くはないけれど、せっかくなら理解して呑みたい。そこで日本酒の品揃えに定評のある、人気の居酒屋『青天上』(東京都杉並区)の店主であり、利酒師の齋藤正浩さんに日本酒を教わる第3回。今回は日本酒の仕込みや原材料について。

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まず知るべき日本酒造りの工程

市村:前回は日本酒の歴史について伺いましたが、その中で醸造法について触れられていました。

日本酒はメイドインジャパンの米、米麹、水を使って造られると教わりましたが、改めて仕込みはどのように行われるのでしょうか。

齋藤:ざっくりですが、一般的な日本酒造りの工程は以下になります。

(1)原料処理:酒米を精米・洗米し、米に水を吸わせて水切りをしたものを蒸して冷ます
(2)製麹(せいぎく):蒸米に麹菌を繁殖させる
(3)酒母造り:アルコール発酵するために必要な酵母を培養する
(4)醪(もろみ)造り:(2)と(3)、水といった原料をあわせる。これがアルコール発酵を経て日本酒となる
(5)搾り・瓶詰め:アルコール発酵が終了した醪(もろみ)を搾り、濾過や火入れ、貯蔵などを経て出荷される

1637年(寛永14年)創業の日本酒メーカー・月桂冠。予約制(有料)で「酒蔵ガイドツアー」を行っている

市村:これらの工程でのこだわりが蔵によって異なり、味や風味の違いなどに表れるのですね。

齊藤:酒米は、食用のお米と比べて大粒であること、「心白」と呼ばれるデンプン部分が適切にあること、タンパク質・脂質が少ないこと、吸水率が良いことなどの条件を満たしたものが酒造好適米と言われます。

市村:どんな品種があるのでしょうか?

知っておきたい酒米の品種のこと

齋藤:生産量で最も多いのが「山田錦」です。「農林水産省『令和4年産米の農産物検査結果』(速報値)」によると、醸造用玄米の総検査数量7万7397トンのうち、「山田錦」は2万7725トンで約35.8%を占めています。「山田錦」は旨みの強い印象があり、「獺祭」(山口県・旭酒造)などで使われています。

なかでも福岡県朝倉市には、北嶋将治さんという山田錦作りのスペシャリストがいて、多くの酒米コンテストで受賞されています。この方が育てた酒米は「北嶋山田錦」と呼ばれています。「北嶋山田錦」を使ったお酒には「庭のうぐいす」(福岡県・山口酒造場)などがあります。

お米がもつ力強い旨みと程よい酸が楽しめる「庭のうぐいす」

市村:それは飲んでみたい! その次に多く作られているのが「五百万石」の1万4751トン、「美山錦」が3742トンとなっています。「農産物検査結果」を見ると、120を超える品種が記載されており、産地もさまざまで興味深いです。日本はお米の国なのだなぁと改めて実感します。

地元の米にこだわる酒蔵も多いのでしょうか?

齋藤:例えば「新政」(秋田県・新政酒造)の「生成(エクリュ)」は秋田県独自の酒米である「秋田酒こまち」を、「瑠璃(ラピスラズリ)」は「美山錦」を使い、それぞれの味わいを生かしています。

市村:「新政」のカラーズシリーズは人気ですが、酒米の違いを楽しむのにうってつけですね。その他、気になっている酒米はありますか?

齋藤:流行っているのか、最近は“幻の希少米”とされる「愛山(あいやま)」をよく見かける気がします。「愛山」は僕の中ではコクがあるイメージで、「冩楽」(福島県・宮泉銘醸)、「十四代」(山形県・高木酒造)、「上喜元」(山形県・酒田酒造)などで使われています。

市村:最近は酒米の銘柄を謳う日本酒も多いように感じます。「栄光冨士 純米大吟醸 無濾過生原酒 愛山 LOVE MOUNTAIN」(山形県・冨士酒造)は「らぶまん」の愛称で親しまれていますね。

齋藤:そのお米を50%以上使っていないと品種名を謳えないという決まりがあります。品種が書けるものはしっかりと表記されているので、ラベルを見るのも楽しいです。

僕もこれは聞いただけなのですが、隠し酒というか、裏バーションで品種非公開といったお酒もあります。例えば、その酒米を全量使っているけれど、割れてしまったお米も入れているというケースもあるそうです。テイスティングしてみると、この味わいは間違いなく「山田錦」だろうと思うんです。

また、あえてミックスし、品種を非公開としていることもあると聞きます。そういうものはおいしくてお値打ちなことも魅力です。

酒屋さんと話していて、「この裏は何を使ってるんですかね?」なんて話す楽しみもあります。これは蔵の方に実際に聞いたわけではないので、絶対ではないのですが。

市村:酒米ひとつとっても、いろいろな視点があるんですね。

精米歩合や麹で変わる味の楽しみ方

市村:お米は磨くほどに雑味がなくなり、クリアな味わいになると言われています。例えば精米歩合が50%以上のものは「大吟醸」と分類が変わりますよね

齋藤:過去には磨きも70%くらいは精白しないとお酒にならないと言われていましたが、今はわざと90%くらいの低精白で造ることもあります

例えば「新政酒造」の「低精白純米酒 涅槃龜(にるがめ)96」は磨きを低くすることで、これまで雑味とされていたものが風味となっておいしいとされている代表例です。

市村:精米歩合96%ということですね。4%しか磨かないのでお米の味がダイレクトに感じられます。いわゆる精白(磨き)の違いで飲み比べてみるのも楽しいですね。

齋藤:上記の酒米の種類や精米歩合はラベルに表記されています。もうひとつ注目していただきたいのは、使用する麹菌です。先の製造方法(2)の「製麹」の部分ですが、「一麹(いちこうじ)、二酛(にもと)、三造り」と言われ、日本酒製造の最重要工程とされています。

発酵中の様子

市村:千葉県の酒蔵「寺田本家」の酒蔵見学に行ったことがあります。2016年冬の仕込みから、蔵内にすむ蔵付き麹菌を採取し、自家培養した麹菌(種麹)を使っているそうです。

齋藤:“蔵付き酵母”と呼ばれる、その蔵独自の昔から生息している酵母菌を使ったり再現したりする蔵も増えているように感じます。

しかし、自然界の酵母だけに頼るのは安定した酒造りが難しいという面もあり、国立醸造試験所が頒布する「協会酵母」を培養して造る蔵もありますし、同時に各都道府県の研究機関でも酵母の開発が進んでいます。

市村:蔵付き麹菌だからいいとか悪いとか、そういう話ではないですよね。選択肢は多いほうがいいと思いますし、多様性があることが楽しいです。

境目は静岡!? テロワールで感じる、日本酒の奥深さ

齊藤:僕が面白いなと思うのが、日本の中でも東西で味が違うと言われていることです。民性というのでしょうか、それが静岡あたりで変わる印象です。

例えば東北のほうは透き通った味わいのお酒が多いイメージ。寒いので熟成するスピードがゆっくりなため、キレイなお酒になると言われています。

市村:では、西のお酒は?

齊藤:ガッツリ系というか、太いと言われるものが多いですかね。さらに東西では飲み方も違うように感じます

市村:確かに、東北のお酒は冷やしてスッキリと、西のものは主に燗酒にするとおいしい印象があります。特に山陰や山陽のお酒はドッシリと太くて、温めることで本来の持ち味が開くものも多いように感じます。

温度によりさまざまな表情が楽しめる燗酒

齊藤:東西では上記の通り、熟成の仕方なども異なります。ざっくりとですが、だからこそ、もともとの気質が違うのかなという感覚があります。

市村:お水の質も影響があるのでしょうか?

齋藤:日本は基本的に軟水であると言われますが、実際の仕込み水として見てみると、厳密には静岡県は軟水、京都府の伏見や広島県の西条などは中軟水、新潟県は軟水と中軟水の間、東京都の水道水や「灘の宮水」は軽硬水と分類されます。

市村:京都の料亭が東京に出店した時、水の硬度が違うからダシが思うように取れなくて苦労したなんて話を聞いたことがあります。

齋藤:不思議ですよね。日本酒は種類や時期によっても出来上がりが変わりますし、味ももちろん違うので、いろいろな銘柄を味わってみていただきたいですね。

市村:時期でいえば、夏酒は透明感のある涼しげな瓶に入っているものなどがあったり、季節感も含めて楽しめますよね。

齋藤:単純にラベルが素敵なものもたくさんあるので、ジャケ買いみたいに惹かれるデザインのものを選んでみるのも楽しみのひとつだと思います。お酒のことを考えると本当は、瓶の色は遮光されているほうがいいと思いますが。

ラベルに惹かれてどんな味がするんだろうとワクワクしながら仕入れることも多々あります。

市村:出合いの妙がありますね。

というか、「夏酒」って簡単に言ってしまいましたが、それって一体なんなのでしょう。

ということで、次回は日本酒の種類や分類などについてご紹介します。

利酒師の齋藤正浩さん

参考文献:『新訂 日本酒の基』(NPO法人FBO)
農林水産省「令和4年産米の農産物検査結果」(速報値)https://www.maff.go.jp/j/seisan/syoryu/kensa/kome/attach/pdf/index-29.pdf

■『焼き鶏 青天上(あおてんじょう)』

『焼き鶏 青天上』

「お酒とは飲む人が楽しくなるツールであるべきで、そのバックボーンにあるのが居酒屋だと思っています」と話す齋藤さん。2021年6月に3号店となる西荻窪店をオープン。焼き鳥がメインの1号店は丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅徒歩1分、その斜め向かいに2号店の『魚肴 青天上」がある。

[住所]東京都杉並区西荻南3-24-1
[電話番号]03-6913-7719
[営業時間]15時~24時(23時LO)
[休み]無休
https://www.instagram.com/aotenjo/?hl=ja

取材・文/市村幸妙

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