チャーハンとラーメンのセット、略して“チャーラー”。愛知で親しまれるこのセットメニューを愛してやまない現地在住のライター・永谷正樹が、地元はもちろん、全国各地で出合ったチャーラーをご紹介する「ニッポン“チャーラー”の旅」。第25回はついに東京上陸! ですが、食べたのは「名古屋中華」。それは、日中の料理人が本場中国の味と日本の街中華が合わさった独自の味。それで楽しむチャーラーとは!?
画像ギャラリー約2年半ぶりに東京へ行ってきた。撮影の仕事だったが、せっかく行くのならチャーラーの旅がしたいと思い、自腹で余分に1泊することに。で、『おとなの週末』編集部のEにも声をかけてふたりで旅を楽しむことにした。
JR中央線西荻窪駅で待ち合わせをして、そこからバスに乗り「桃井四丁目」停留所で下車。徒歩1分くらいの場所にあるのが、今回の旅の目的地である『龍美(りゅうみ) 東京一号店』である。
店に着くなり、「ナガヤさん、ここ、台湾ラーメンがありますよ! しかも、“元祖名古屋中華”ですって!」と、編集Eはテンション高めに言った。
名古屋中華の原点は日本と中国、ふたりの料理人による合作
東京には私のホームである名古屋よりもチャーラーのおいしい店はいくらでもあるし、名店と呼ばれる店もある。にもかかわらず、ここを選んだのは理由がある。『龍美』は名古屋にも7店舗あり、「元祖名古屋中華」をテーマに掲げているのだ。
「名古屋中華は、私の父、蔡洪涛(さい こうとう)と、名古屋駅の近くにある『中国料理 千龍』の創業者、渡邊長生さんが手を組み、1990年代初頭に誕生しました。名古屋中華というコトバは私が後からつけたものですが」と、語るのは『龍美』グループのオーナー、斎藤隼さんだ。
1990年代初頭、名古屋市千種区覚王山にあった中華料理店『眞弓苑』で当時料理長を務めていた渡邊長生さんと中国のホテル出身の料理人、蔡洪涛さんが出会い、蔡さんは本場中国の味を、渡邊さんは日本人が好む町中華の味を互いに教え合い親交を深めた。
さらにふたりは名古屋の喫茶店のモーニングサービスをヒントに、割安な夜のセットメニューを考案した。今でも名古屋の中華料理店でよく見かける生ビールに料理2品が付く「生ビールセット」や、ご飯ものと麺類の「麺飯セット」、ボリューム満点の「定食」がそれだ。
話を聞いていた編集Eが口を開いた。
「言われてみれば、東京の中華は単品メニューが中心ですね。でも、地方へ行けばセットメニューのある店も多いのでは? 他にも名古屋中華の特徴はありますか?」
名古屋中華最大の特徴が、店の看板にあった「台湾ラーメン」をはじめ、青菜炒めや台湾手羽先などニンニクと唐辛子で味付けしたピリ辛のメニューである。もちろん、それらは名古屋・今池に本店がある台湾料理『味仙(みせん)』が発祥であるのは間違いないが、名古屋市内の中華料理店は台湾ラーメンをこぞってメニューに採り入れたのだ。
「父と渡邊さんは何度も『味仙』さんを訪れて味を研究したと聞いています。それで『眞弓苑』でも台湾ラーメンを出していたそうです。『龍美』の台湾ラーメンも父のレシピをベースに作っています」(斎藤さん)
チャーラーの炒飯はやや薄味がベター
店に着いたのは、ちょうどお昼時。ランチのメニューを見ると、「選べる麺・飯セット」(1100円)に台湾ラーメンもあった。筆者は台湾ラーメンと炒飯、編集Eは醤油ラーメンと炒飯を注文することに。
10分ほど経ち、まずは炒飯が運ばれた。あれれ? 名古屋の『龍美』で食べたときは炒飯もラーメンもしっかりと1人前の量があったような気がするが……。
「当初は名古屋と同じ量の炒飯を出していたのですが、残される方が多くてハーフサイズにしました。本来、食べきれないほどの料理を客に出すというのが、中国のおもてなし文化ですけどね」と、斎藤さん
食べきれないほどの料理を完食する名古屋人はまるで大メシ喰らいみたいじゃないかぁ(笑)。まぁ、SDGsの観点から食べ残しによる食品ロスを出さないことも重要だからね。
さて、肝心なのは味だ。写真を見てもらうとわかると思うが、お米の一粒ひと粒に油がムラなくコーティングされている。炒飯にレンゲを入れると、こんもりとした山がパラパラっと崩れていく。炒めの技術は相当なものだと思う。
口に入れると、塩とコショウだけではない複雑な味わいがふわっと広がる。具材は刻みチャーシューとネギ、卵とシンプルだが、なかなか家ではこの味が出せないんだよなぁ。味は濃いか薄いかといえば、やや薄め。炒飯だけ食べるとやや物足りなさを感じるものの、麺類とのセットゆえにむしろ薄めの方がよいのだ。
そうこうしているうちに台湾ラーメンも運ばれた。中央にピリ辛の台湾ミンチ。その周囲にはニラという名古屋人の筆者にとって見慣れたビジュアル。台湾ラーメンの作り方は店によってさまざまで、台湾ミンチをスープとともに煮込んでいる店もあるし、ニンニクと唐辛子とともに炒めた豚ミンチとニラ、モヤシをのせる店もある。
『龍美』の場合、醤油ラーメンに台湾ミンチとニラをトッピングしている。それだけで味が劇的に変わるのである。スープに豚肉の旨みとニンニク、ニラのコクがスープにジワーッと染みわたるのだ。
炒飯を別物に生まれ変わらせるスープの魔力
旨みとコクの塊のようなスープをまとった麺をすすってみる。台湾ラーメンゆえに辛さはあるものの、やさしい辛み。むしろ、スープの旨みを引き立てるアクセントになっている。激辛をウリにしている台湾ラーメンよりもこちらの方が料理としての完成度は高い。
味の余韻が残るうちに炒飯を頬張ってみる。おーっ! 複雑な味わいの炒飯にニンニクのパンチが加わって、さらに旨くなるではないか! 麺を食べ尽くした後、丼の底に沈んだ台湾ミンチをレンゲですくって炒飯と同時に食べても旨かった。いちばん驚いたのは、スープに浮かぶニラと炒飯の同時食い。ニラのコクと食感が炒飯を別物にしたのだ。
一方、編集部Eが注文した醤油ラーメンがこれ。澄んだスープにチャーシューとモヤシ、海苔、ネギの、いかにも中華屋のラーメン。編集Eもスープの余韻とともに夢中で炒飯を頬張っていた。
「ナガヤさんが記事に書いていた通り、スープを飲んだ後の炒飯は旨い」と感心しきり。よほど旨かったのか、スープまで完食していた。
その後、渡邊さんは1994年に『眞弓苑』から独立して名古屋駅の近くに『中国料理 千龍』を開店させた。一方、蔡さんが千種区神田町に『中国料理 龍美』の1号店を創業したのは、それから5年後。渡邊さんも蔡さんも『眞弓苑』で好評を博したセットをメニューに取り入れた。
渡邊さんは2011年に、蔡さんは2019年にこの世を去ったが、日本と中国のふたりの料理人が作り上げたセットメニューと台湾ラーメンは、今も多くの人々のお腹と心を満たしているのだ。
取材・撮影/永谷正樹
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