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できたてホヤホヤを熱いごはんに載せてのはずが

日帰りのタイトなスケジュールで、専門店に立ち寄る時間はなかったが、福岡空港の売店でまちがいなく、「極上本漬」と銘打った最高級のめんたいこを買ったのである。うんと高かった。

めんたいこマニアである私は、知る人ぞ知る地方物産マニアでもある。このときも刻々と迫るフライト時間の中で、あわただしく「長浜ラーメン」「玄界灘のウルメイワシ」等を買いあさった。

会計をおえたあと、巨大な箱菓子が目に止まった。ご存じの方も多いと思うが、市販のパッケージの十倍ぐらいでかいギャグ菓子である。1個1000円はシャレにしたって高いが、ハデさとデカさを美徳としている私は、ひそかにこの種の「地方限定菓子」を蒐集(しゅうしゆう)しているのであった。

「子供のみやげに」と言いわけをしつつ買ったものは、「博多限定めんたいこプリッツ」と、同「めんたいこおっとっと」である。販売員はいったん会計をおえたおみやげを大きな袋に詰めかえてくれた。

どうやらまちがいはこのときに起こったらしいのである。

私は旅から帰ると家族を叩き起こし、地方物産品を開陳しつついちいち説明をするという癖がある。たとえば、

「これが博多名物長浜ラーメンたい。白く濁ったトンコツスープに紅ショウガば載せて食うばい。食べてみらんね」

などと言う。なにぶん小説がなかなか売れず、その間営業が長かったせいでサービスは過剰なのである。

ひと通りの商品説明をおえたあとで、私はギクリと凍りついた。肝心の「極上本漬」がない。どこをどう探しても見当たらない。

自慢じゃないが記憶力には自信がある。「神経衰弱」をやらせたら誰にも負けない。しかしどういうわけか、落とし物、忘れ物が多い。(この点については例を上げればキリがないので、お知りになりたい方は文庫本『勇気凜凜ルリの色』第一巻P.206「忘却について」https://otonano-shumatsu.com/articles/267832を参照のこと)

「なにかまた、お忘れ物?」

と家人はおそるおそる私の顔色を窺った。

「め、め、めんたいこが、ない……」

「ええっ、それじゃいったい何のために博多まで行ったのか、わからないじゃないですか」

私は頭を抱えつつ、記憶を巻き戻した。ハイヤーの中? ──いやちがう。客が降りたあと、運転手は必ずリア・シートを点検する。飛行機の中? ──いや、みやげ物の入った紙袋は荷物入れには入れず、足元に置いていた。

疑わしきはただひとつ、「博多限定めんたいこプリッツ」と「めんたいこおっとっと」を買い足した折、袋を詰めかえたそのときしか考えられなかった。

ものすごく悔やしかった。銭金ではないのである。そりゃ多少はそれもあるけれど、買った以上は私の所有にかかるめんたいこが、今も福岡空港の売店にあるのかと思うと、悔やしくてならなかった。

たしかにキヨスクやデパートの食品売場に行けば、同種のめんたいこはあるであろう。しかし、できたてのホヤホヤではない。私が福岡での講演を日帰りとした真実の理由は、ホヤホヤのめんたいこをその日のうちに、熱いごはんに載せて食いたかったからである。

これより母の見舞に行く。手みやげには「博多限定めんたいこおっとっと」を持って行くが、おそらく私の顔にうかぶ屈辱の表情を、母は見のがしはしないであろう。

「これじゃごはんのおかずにならないね」と肩を落とす姿は見るに忍びない。

ああ、めんたいこ。

(初出/週刊現代1998年7月25日号)

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『きんぴか』『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『日輪の遺産』『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

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おとなの週末Web編集部 今井
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