ゴルフとは本来残酷と威厳が同居するゲームだから
1972年のペブルビーチでは、温厚なジョージ・アーチャーが珍しく怒った。
「全米オープンとは、選手一同を逆上させて、誰が一番冷静だったかを調べるUSGA主催のテスト会場だ」
言い捨てるなり、彼は6個ものボールを意図的に太平洋めがけて打ち放った。1982年、再びペブルビーチで開催されたとき、記者団の質問にコース管理責任者はこう答えたものだ。
「USGAの申し付けに従って、グリーンをフライパンの底みたいに刈り込み、ラフは伸ばし放題のまま、もう半年も知らん顔です。役員のうち、2人ぐらいしか80を切れないと判明して、準備OKというわけです」
選手側からの非難も、いまではヤケ気味である。
「もし、すべてのグリーンのド真ん中に池を作ることが可能ならば、USGAはそうするだろう」(デイブ・ストックトン)
「渡り廊下のようなフェアウェイなんぞ残さないで、いっそ全面ラフにしたらどうだい? その上でルールに若干手直しを加えて、ヒゲが剃れるぐらいアイアンのブレードを研ぐのさ。そうなると農夫出身のピーター・ジェイコブソンとジム・コルバートが、交互に優勝するだろうね」(チチ・ロドリゲス)
「幾重にも渦巻いた草の下に、ちょっぴりボールがのぞけていた。ヨチヨチ歩きのころからクラブを握っているが、こんな状態でのショットは練習したこともない。そこで横にいたUSGAのオフィシャルに、精一杯の皮肉を込めて尋ねてみた。
『アメリカでは、地中深く潜ったボールをどうやって打つのかね?』
すると彼は、口の端を歪めて意地悪そうにこう言ったものさ。
『アイアンで……』
プッツンした私は、空振りこそしなかったものの、10センチ前進しただけでゲームから見放された」(セベ・バレステロス)
「誰が勝つか予想しろって? それは丸1年間、真剣にグリップ強化器と取り組んだ奴に決まってるじゃないか」(ヘール・アーウィン)
「全米オープンでは、USGAが対戦相手となる。日ごろのライバルたちも、この試合に限って羊の家族の兄弟だ」(アーノルド・パーマー)
いかに泣こうが喚こうが、USGAの耳には届かない。オフィシャルの一人、フランク・ハニンガムは次のように宣うた。
「全米オープンでは、すべてのドライバーが冒険であり、すべてのアイアンショットが不安と緊張のピークで打たれる。そしてパッティング、これこそがスペクタクルであるべきだ。選手の神経がいかに金属音を発しようとも、それは当方と無関係、ゴルフとは本来残酷と威厳が同居するゲームだからである」
1996年の全米オープンは、「モンスター」の異名があるオークランドヒルズで開催される。現地からの報告によると、ラフの発育は上々らしい。
(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)
夏坂健
1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。