■「カイシャ」という怪物がだれかの人生を変えること
1978年にシャープが発売したMZシリーズというパソコンがある。パソコンだから家電と呼ぶと語弊があるかもしれない。実はパソコンと呼ぶのも語弊がある。なぜならその頃はまだ、パソコンという概念が確立していなかったからだ。
パソコンの夜明け前ともいえる時代。MZと同時期に発売されたいくつかのマシンによって、当時の(おそらく若く、そしてごく少数の)者たちが、出会い頭にパソコンという概念に触れたらしい。
およそ半世紀前の、しかも自分の働く会社に関する史実が伝聞調なのは、もちろん私が当事者でなかったこともあるが、私が当時の様子を個人的な「思い出」として、SNSを通して断片的に伝え聞いてきたのが大きな理由だ。そして思い出の内容は、おどろくほど「あの時にあのマシンを触らなければ、私はいまの仕事をしていなかった」という述懐に回収される。
その述懐の中には、いまやだれもが知るアニメーション作家やITの企業家、それから巨匠と呼ばれるような漫画家たちが、私がはじめて出会ったパソコンとして表明されている。おそらくあなたの周囲でも、いまプログラムと呼ばれるスキルを手にバリバリ活躍されている年長者がいるなら、「あれがなければいまの私はない」と吐露してくれる人がいるはずだ。MZがレールのポイントだったと胸に秘めながら社会で活躍する人が、おどろくほどたくさんいるのだ。
人でもなく、作品でもなく、家電という無機質なモノが、ある時代のどこかのだれかを不可逆的に変えてしまうことがある。そのことを私は知っている。不可逆な影響をいくつか抱えてきた私は、当時の衝撃と、ワクワクや情熱をありありと想像できる。
光栄にも私は仕事を通して、自分の働く会社の製品が他人の人生を不可逆に変えることを知った。それはカイシャという一見無人格で、ただ一意に営利しか追及しない怪物のような存在が、時に芸術にかぎりなく近いなにかを産むことがあると知る体験だと思う。以来私は、家電を単なる機能の集積物と見られなくなった。家電に、不可逆な愛情と尊敬を感じるようになったのである。
文・山本隆博(シャープ公式Twitter(X)運用者)
テレビCMなどのマス広告を担当後、流れ流れてSNSへ。ときにゆるいと称されるツイートで、企業コミュニケーションと広告の新しいあり方を模索している。2018年東京コピーライターズクラブ新人賞、2021ACCブロンズ。2019年には『フォーブスジャパン』によるトップインフルエンサー50人に選ばれたことも。近著『スマホ片手に、しんどい夜に。』(講談社ビーシー)
まんが・松井雪子
漫画家、小説家。『スピカにおまかせ』(角川書店)、『家庭科のじかん』(祥伝社)、『犬と遊ぼ!』(講談社)、『イエロー』(講談社)、『肉と衣のあいだに神は宿る』(文藝春秋)、『ベストカー』(講談社ビーシー)にて「松井くるまりこ」名義で4コママンガ連載中