5台目は、昭和の一時代を築いた御料車
時代は昭和を迎え、天皇の御料車も刷新することになった。すでに国産の自動車メーカーは存在していたが、御料車に採用されるまでには成長していなかった。当時はまだ、天皇の行幸など、お出ましの際のお列(鹵簿)は「馬車が公式」、自動車は「非公式」と格付けされていた時代でもあった。選定では、同盟関係が失われていたイギリスではなく、再びドイツ車が御料車の座に返り咲いた。
「赤ベンツ」の愛称で親しまれ、「昭和天皇の御料車」という一時代を築いたドイツ・ダイムラーベンツ社が製造した「メルセデスベンツ・グロッサー770」。1932(昭和7)年から1935(昭和10)年までの間に、当時の宮内省が7台を購入した。この7台のうち、1台は戦災で焼失、3台が廃車(時期不明)ののちに解体され、残る3台が現存する。宮内庁には今も2台が保管されており、残りの1台はドイツにあるメルセデスベンツミュージアムへ“里帰り”している。
昭和天皇とともに、大正から昭和の戦前期を歩んだクルマ5台は、それぞれに日本を取り巻く世界情勢の影響を受けた。戦後の占領下にも影響を受けたクルマもいるが、その話はまたの機会としたい。
文・写真/工藤直通
くどう・なおみち。日本地方新聞協会皇室担当写真記者。1970年、東京都生まれ。10歳から始めた鉄道写真をきっかけに、中学生の頃より特別列車(お召列車)の撮影を通じて皇室に関心をもつようになる。高校在学中から出版業に携わり、以降、乗り物を通じた皇室取材を重ねる。著書に「天皇陛下と皇族方と乗り物と」(講談社ビーシー/講談社)、「天皇陛下と鉄道」(交通新聞社)など。