寝ずの糖分の大量摂取は、覚醒剤中毒のようなもの
というわけで過日、意気揚々とかかりつけの医者を訪ね、自信満々の血液採取を行った。たしか1年前、「5キロ落とせばだいぶちがう」と言われた。5キロ落としてだいぶちがうのなら、6キロ落ちればずいぶんちがうはずである。
おそらく私の肝臓は青年のごときピンク色に変わっており、血管はヴェネツィアン・グラスのように澄み切っているであろう。
ところが、検査結果を見て医者は憮然とし、私は愕然とした。
「本当に食事の量を減らしましたか?」
「そんなの見りゃわかるでしょう、見りゃあ。ちなみに、ほら。これが初版発売のときの広告写真です。実はここだけの話ですがね、この写真と表題『鉄道員(ぽっぽや)』というのを見て、これは定年退職した駅員が書いたドキュメントだと勘違いして買っていったJR関係者が大勢いるんです。でっぷりと肥って、妙にふけてて、たしかにそう見えるでしょう」
「……まあ、言われてみれば」
「次に、こっちの広告を見て下さいな。これは減量後に撮影したものです。顔がひと回り小さくなって、どことなくイタリアンでしょう。あんまり写りがいいので、サイン会では先着200名様にサイン入りブロマイドにして配るのです。どーでう、ぶっちぎりの企画でしょう。ちょっと下品だけど」
「あのね、そんなことはどうでもいいんです。もしやあなた、食生活を変えませんでしたか。変なふうに」
「え?……食生活って、何だか懐かしい言葉だな。≪生活≫なんてそういうまともなものはこのところないです。食生活とか、性生活とか」
「ではお訊ねしましょう。昨日の食事メニューを教えて下さい」
「きのう?……ええと、メシは食ってませんけど」
「何も食べなかった?」
「いえ、メシを食うヒマがないものですから、そこいらにあったものを食べました」
この回答はいささか詭弁(きべん)であった。メシを食うヒマがないはずはない。正しくはさる特殊な事情により、メシまで手が回らないのであった。
「えーと、まず起きぬけにトップスのチョコレートケーキ。朝食は音羽郡林堂の大福。うまいですよ。10時頃小腹がへったので倉敷清閑院の葛切(くずきり)。昼メシのかわりにユーハイムのフランクフルタークランツ。3時のおやつは帯広六花亭の『十勝日誌』という詰め合わせを適当に。あと、鎌倉吉兆庵の葛餅ですな。さすがに胸が灼けたので夕張メロンをハーフカット。夕食は神田柏水堂のシュークリームに舟和の芋羊羹」
「ストップ!」
と医者は洒落た。ドクター・ストップである。
「体重が減ったにもかかわらず、体脂肪がはね上がった理由はそれですよ」
「ちょっと待て。体重を落とせば症状は改善できるって言ってたじゃないですか」
「それは、ふつうの食生活を営んでいる人の場合です。どう考えてもあなたはふつうじゃない」
「でも仕方ないんです。あなた、群林堂の大福がどのくらいうまいか知ってるんですか」
「うまいまずいは聞いていません!」
医者が言うには、私の減量はただの不摂生によるものであって、夜もろくに寝ずに糖分の大量摂取をしているのは、覚醒剤中毒のようなものだそうだ。
しかしそうは言っても、群林堂の大福はうまい。清閑院の葛切はほとんど文化といってもよく、六花亭の「十勝日誌」は詰め合わせ菓子の直木賞といえよう。