酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか。杜氏はいる。しかし、酒造りはみんなで行うものと上下の垣根を取り払い、チームとして取り組む蔵がある。さまざまな意見が生み出す酒の味は、しみじみ沁みる旨さだ。
2018年、『山忠本家酒造株式会社』の醸造責任者に
【神谷一樹氏】
1990年、秋田県生まれ。秋田県立大学で醸造学を専攻しながら新政酒造でアルバイトをする。卒業後に同社へ入社。2015年、愛知県愛西(あいさい)市の山忠(やまちゅう)本家酒造に入社。2018年、醸造責任者となる。科学的根拠に基づいて伝統製法の改善を続けている。
飲むとなれば四合瓶をゆっくりと
「献立に合わせて酒を選びます。揚げ物ならクラフトビールにしてみようとか、ハンバーグなら赤ワインでいこうかなとか。大抵の料理を受け止めてくれる『義侠』は、四合瓶をゆっくりと酌む」と杜氏は言った。
山忠本家酒造の醸造責任者・神谷一樹さんだ。奥さんが作るお気に入りの夕飯は、故郷・秋田名産のいぶりがっこを入れたポテトサラダ。白だしタレの豆腐ステーキも「義侠」と抜群の相性を見せるという。
同蔵は伝統的な杜氏制度はとらず、神谷さんと蔵元の山田昌弘さんを中心に約6名の蔵人全員が「チーム義侠」として一丸になって酒造りに取り組んでいる。モットーは立場に関係なく「言いたいことは全部言う」だ。
「6人全員の視点で常に酒造りが見直されて改善される方がいい。なぜこの工程のやり方はこうなのか?もし僕らふたりが明確に答えられなかったら、改善の余地がある証拠。普段から何でも言い合える空気が大事です」と山田さんは話す。
チームの潤滑油となるのが、蔵の母屋での一杯。この晩は昨年初リリースした「田尻農園」を酌み交わす。毎年チームで“草むしり合宿”している兵庫県東条地区の田尻農園が、無除草剤・無化学肥料で育てた山田錦の特別栽培米だけを使った純米酒だ。
地区で唯一無除草剤・無化学肥料栽培を実践する農家として孤軍奮闘する田尻倫生さんへの敬意と、酒米の未来への思いを形にした。
「地獄のような草むしり作業を地道に続けてくださっている田尻さんには本当に頭が下がります」と言う神谷さんに、山田さんはうんうんと頷く。蔵で手作りしているうりの酒粕漬けをふたりはパリポリと齧り、酒をつぃーとやる。「めちゃっくちゃ合う!田尻さんにも味わってもらお」と頬が緩む。
神谷さんは醸造のアイデアを酒の席で披露して意見を乞い、ブラッシュアップさせていくことが多い。昨年チームへプレゼンして採用されたのが、米を洗わない造り。高精白の米に付いた糠はもはや米と同じと考え、そのまま醸して旨さに換える大胆な作戦だ。「しれっと出荷したけど大評判でした」とふたりは無邪気に笑った。