「松茸がないがな……」
やっぱり何か変だ。会場をあらかたまわったところで違和感の正体がはっきりした。というより嫌な予感が当たった。
「松茸がないがな……」
生の松茸は売られていたが、たいした量じゃなかったし、なにより生の松茸を買って帰って家で調理して食べるのでは話が違う。僕のイメージする松茸祭りは、会場に設置された巨大なの上でギネス登録を狙わんばかりに大量の松茸が焼かれ、来場者にふるまわれ、もう松茸なんて見るのも嫌──これだ。その極楽浄土に向かって悪路の峠をいくつも越えてきたのだ。
最初のきのこスープはよかったが、盛り上がったのはそれだけだった。いや、いま思えばあのスープにも松茸は入っていなかったような……。
ガイドのテンジンに胸の内をぶちまけずにはいられなかった。
「これのどこが松茸祭りなんだ?」
「ブータン人、松茸がなくても誰も気にしないですよ。ヤク祭りにヤクが一頭もいないこともあります。ブータン人は祭りでお酒を飲んで酔っぱらえればそれでいいんです」
論点がずれている気がしなくもなかったが、妙に納得してしまった。たしかに男も女もみんな楽しそうに酔っている。松茸のことを気にしているのは、もしかしたら僕だけかもしれない。
「そもそもブータン人は松茸そんなに好きじゃないです。しめじのほうが人気あります」
あーあーあーと大きな声を出して耳をふさぎたくなった。じつはさっき、ガイドブックの取材にきているという日本人の記者に会い、彼からこんな話を耳打ちされていたのだ。
「この祭りは日本人観光客を呼ぶために最近始まったものですよ」