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貨物運賃未納と会社更生法の適用

1967(昭和42)年は、国立公園八幡平の頂上まで自動車道路が開通するなど、登山客誘致もピークを迎えた。一方で鉱山の生産力は、この頃を境に減少の一途を辿るようになった。1968(昭和43)年12月には、貨物輸送の国鉄運賃“未納”により、硫黄鉱石などの生産品の発送が一時休止された。松尾鉱業は会社更生法の適用申請を行い、会社は管財人の管理下となった。こうした背景には、硫黄需要の減少や、安価な「石油精製時にできる回収硫黄」の出現が影響した。

1969(昭和44)年には、会社更生手続きが開始され、同年11月には鉱山の全従業員は解雇され、事実上の閉山に追い込まれた。ところが、同年12月になると更生会社となった松尾鉱業は、管財人のもとで鉱山の採掘を再開し、硫化鉱の生産を行うことで会社再建への道を模索した。  

もちろん、鉄道経営にも影響が及び、1965(昭和40)年3月には松尾鉱業の組織改革に伴い、鉄道名も「松尾“鉱業”鉄道」へと改められた。1970年(昭和45)年3月には、人を乗せて運ぶ”旅客営業”を廃止し、貨物列車も1日4往復に減じ、休日は運転を取りやめた。

1972(昭和47)年には、公害対策等により硫化鉱の取り引きが停止され、窮地に追い込まれた松尾鉱業は、鉱業権を国に返還し、松尾鉱山は「廃山」となった。これにより、松尾鉱業鉄道も同年10月10日に廃止され、馬鉄軌道以来の58年間の歴史に幕を閉じた。

貨物が最盛期のころの硫黄鉱石を積んだ貨物列車=撮影年次不詳、岩手県松尾村屋敷台(現・八幡平市柏台)、写真提供/八幡平市松尾鉱山資料館
廃山当時の松尾鉱山のようす=1972(昭和47)年10月、岩手県松尾村緑ヶ丘(旧・元山/現・八幡平市緑ガ丘)、写真提供/JLNA

廃線遺構を訪ねて

今から39年前の1986(昭和61)年5月、東京から夜通しクルマを走らせ、岩手県へと向かった。高校2年生だった当時ゆえ、クルマの免許を持っているはずもなく、鉄道趣味団体のオトナ達に誘われるがままに、気が付けば大更の駅前に降り立っていた。

国鉄花輪線大更駅の構内には、松尾鉱山鉄道のホーム跡が残されていた。そこから終点へと線路敷跡に沿って歩を進めると、「勾配標」と呼ばれる鉄道標識が草木に埋もれていた。この先、どんな鉄道遺構に出会えるのかと、胸おどらせながら標高差206.7メートルの”廃線ウオーク”を続けた。

大更駅から2.5kmの地点にあった「田頭駅跡」には待合室と思しき建物が、さらに2.6km先には「鹿野駅」があったはずだが、そこは跡形もなかった。その代わり、「鹿野変電所」という鉄道に電気を送っていた建物を見ることができた。ここから終点の東八幡平駅跡までは7.1km、山に向かって26.7パーミル(1000m歩くと26.7m登る)の勾配が続く。今思えば、よく歩いたものだ。

終点の東八幡平駅跡は、草木が生い茂る広大な敷地の中に機関車の車庫だった建物や、事務所と思しき木造建築が遺されていた。そして一番衝撃を受けたのは、「傾いた状態で放置」された青色の客車だった。このほかにも、放置された客車2両と貨車5両があった。この土地は後年、民間企業の作業場の一部として使用され、放置されていた車両の一部は”倉庫などに転用”されていた。しかし、現在はその作業場も閉鎖・撤去され、同地は「松尾八幡平ビジターセンター」の駐車場として生まれ変わっている。残念ながら、往時を偲ぶものは何ひとつ残されていない。

大更駅から1.5km地点の廃線跡に残されていた「勾配標」と呼ばれる鉄道標識=1986(昭和61)年5月18日、岩手県西根町田頭(現・八幡平市田頭)
鉄道に電力を供給していた鹿野変電所の建物(中央)。この変電所の前を鉱山鉄道が走っていた。現在は周囲を樹木が覆っており、建物は発見しにくい=1986(昭和61)年5月18日、岩手県松尾村寄木(現・八幡平市松尾寄木)
鹿野変電所前を通過する硫黄鉱石を運ぶ貨物列車=撮影年次不詳、岩手県松尾村寄木(現・八幡平市松尾寄木)、写真提供/八幡平市松尾鉱山資料館
鹿野駅~東八幡平駅間の廃線跡。現在、この区間の一部は遊歩道として整備されている=1988(昭和63)年8月16日、岩手県松尾村寄木(現・八幡平市松尾寄木)
旧機関庫に寄り添うように並べられた客車の廃車体=1988(昭和63)年8月16日、岩手県松尾村柏台(現・八幡平市柏台)
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