保存された電気機関車
松尾鉱山鉄道には、4両の電気機関車があった。廃線と同時に四角い型の2両は、埼玉県を走る秩父鉄道へと嫁いだ。一方の凸型の電気機関車は、2両あったうちの1両が現在も、“東八幡平駅跡”から程近い「八幡平市松尾鉱山資料館」に展示・保存されている。
この機関車は、廃線後に鉄くずとして売りに出されていたものを、盛岡市内の資源回収業者が引き取り、「いつかは松尾村に返したい」との思いから、“店の看板代わり“に長年店頭で保管していたものだった。その後、松尾村教育委員会(現・松尾八幡平市教育委員会)から譲渡の打診があり、1993(平成5)年10月に”里帰り“を果たした。
〔施設情報〕「八幡平市松尾鉱山資料館」岩手県八幡平市柏台2-5-6、電話0195-78-2598、開館時間9時から16時30分(入館は16時まで)、休館日/毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌火曜日)と年末年始(12月29日から1月3日)
“温泉バジル”のジェノベーゼパスタ
立ち寄った松尾鉱山資料館の帰り、廃線跡を再訪した。線路敷の周辺は宅地化などが進み、私の記憶にある風景とは一変していた。歩き始めてしばらくすると、「松っちゃん市場(いちば)」と書かれた看板に遭遇した。迷わず脇道に入り、1.5kmほど進むと「産地直売」と書かれた市場があった。店内には新鮮な産直野菜が、ところ狭しと並べられていた。女性スタッフに、店名の由来を聞いてみると、この地域の旧村名である“松”尾村と、岩手の方言で“母”を意味する「かっちゃん」を掛け合わせたものだと教えられた。
ふと目に入った「温泉バジル」の文字。聞いてみると「旧松尾村には地熱発電所があり、そこに湧き出る熱水を農家に供給してビニールハウスの暖房に利用していて、そこで育てた野菜がこのバジルなんです」と教えてくれた。そして「市場に併設される“松っちゃん食堂”で、このバジルを使った料理が味わえますよ」。そんな甘い誘惑に、これを食べずして東京には戻れまい。
市場の食材を使った“自慢の料理”が頂けるとあって、多くの観光客でにぎわっていた。さっそく「温泉バジル」を使った“ジェノベーゼパスタ”(八幡平産100%リンゴジュース付で1000円)を注文した。予想以上の”風味豊かなバジルの香り”に一撃されてしまった。となりに居合わせた地元の方と、松尾鉱山や松尾鉱山鉄道の話に花が咲いた。「今も観光鉄道として走っていたら良かったのにね」。歴史の重みを感じる、ひと言だった。
〔店舗情報〕「松っちゃん市場」岩手県八幡平市松尾寄木第2地割512、電話0195-78-3002、営業時間 5月~10月=9時30分~16時30分 、11月~4月=10時~16時、定休日/12月31日~1月2日。「松っちゃん食堂」(住所は松っちゃん市場に同じ)、電話0195-78-2323、営業時間=11:30~13:30(※冬期13:00まで)、定休日=年末年始
文・写真/工藤直通
くどう・なおみち。日本地方新聞協会特派写真記者。1970年、東京都生まれ。高校在学中から出版業に携わり、以降、乗り物に関連した取材を重ねる。交通史、鉄道技術、歴史的建造物に造詣が深い。元日本鉄道電気技術協会技術主幹、芝浦工業大学公開講座外部講師、日本写真家協会正会員、鉄道友の会会員。