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「8月5日」。今日は何の日でしょう?答えは「親子丼の日」!親子丼の始まりから、「丼もの」のルーツを調査しました。さらに、「丼もの」のなかには、「他人丼」や「いとこ丼」というユニークな名前のどんぶりもあります。各地の興味深いご当地丼もご紹介しています。

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8月5日を「お(0)や(8)こ(5)」と読む語呂合わせから誕生した親子丼の日。「鶏肉と卵を使った代表的な料理である親子丼の美味しさをアピールしたい」という思いから、2018年(平成30年)に制定されました。

鶏の肉と卵を使うことから「親子」という名がついた「親子丼」。蕎麦屋や定食屋で手軽に食べられる定番ランチメニューというイメージが強い一方で、材料となる鶏肉や鶏卵にとことんこだわった極上の親子丼がグルメな客人を唸らせる看板メニューとなっている老舗鶏料理店も存在するなど、奥の深い料理のひとつです。英語では「Chicken and Egg Bowl」と呼ばれ海外でも日本食として親しまれています。

割下などで煮た鶏肉や玉ねぎをふんわり溶き卵でとじて白飯の上に。彩りで三つ葉や海苔をのせて出来上がり

「丼もの」のルーツは、室町時代「芳飯(ほうはん)」と呼ばれた料理で、器に盛った白飯に野菜や干し魚を煮た物を出汁といっしょにかけたものだと言われています。その後、「丼(どんぶり)」という形になって最初に売り出されたのは「うなぎ飯(丼)」、いわゆる「うな丼」で江戸時代の文化年間(1804〜1818年)頃に登場したとされます。うなぎ好きだった芝居小屋のスポンサーが、どんぶりに盛ったご飯の間に焼きたての蒲焼を挟み、冷めないようにフタをして芝居小屋に届けさせたものがきっかけでした。

東京での親子丼の始まりは、明治20(1887)年ごろの軍鶏料理専門店『玉ひで』からだとされています。『玉ひで』は東京・日本橋人形町に店を構える(現在は建替え中)創業宝暦10(1760)年の老舗です。同店では、鶏すきの締めに残った肉と割り下を卵とじにしてご飯と食べることを「親子煮」と呼んでいました。明治24(1891)年に、『玉ひで』の5代目秀吉の妻・とくが親子煮を食べやすくするため、ご飯にのせて一品料理にして提供したものが親子丼の始まりだと言われています。

現在は、家でもお店でも食べられる味になっていますが、当時は出前専用のメニューになっており、兜町や米屋町、日本橋で人気を得ていました。

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ソウルフードにもなっている各地の丼
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おとなの週末Web編集部
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