×

気になるキーワードを入力してください

SNSで最新情報をチェック

ビルの2階から発車していた玉川線

今は渋谷マークシティの一部となっている場所には、渋谷駅に隣接するように東急百貨店の東横店(2020/令和2年3月31日閉店)があった。その2階には、1969(昭和44)年5月10日まで玉電玉川線の渋谷駅があり、その上の3階からは地下鉄銀座線も発車していた。その昔、北海道から遊びに来た親戚に「デパートの3階から地下鉄に乗る」と説明すると、「地下鉄なのに地上3階?!」と驚かれたことを思い出す。玉電玉川線も“デパートの2階”から発車していたのだから、同じような思い出がある方もいるのではないだろうか。

東急百貨店東横店の建物は、古くは「玉電ビル」といい、1937(昭和12)年から建設に着手した建物だった。当初は地上7階、地下2階として計画していたが、この当時は日華事変の拡大による鉄鋼統制令などの規制を受け、工事は4階までで打ち切られた。そのビル内に、駅を開業させたのは、のちの東急グループ総帥となった強盗慶太の異名を持つ五島慶太氏率いる東京高速鉄道(現在の東京メトロ銀座線の渋谷~新橋間)で、その開業は1938(昭和13)年12月20日のことだった。玉電渋谷駅は、その翌年となる1939(昭和14)年6月1日に開業した。

その後は、1954(昭和29)年に玉電ビルの名称を「東急会館」と改め、増改築などを行って地上12階、地下2階建ての延床面積約47336平方メートル(14319坪)を誇る、渋谷の一大複合ターミナルビルとして君臨した。

東急会館(旧・玉電ビル)完成予想図。中央の建物が東急会館。図の右が恵比寿方向。東急会館工事報告(1955年/東京急行電鉄刊)より=資料所蔵/筆者
夜の玉電渋谷駅で撮影された1枚。正面に写る大きなビルが東急会館(旧・玉電ビル)。電車は80形93号=写真提供/飯島巌コレクション、1969年5月1日
東急会館(玉電ビル)完成当時の2・3階部分を示した平面図。玉電や地下鉄銀座線改札口の位置関係が図示されている。東急会館工事報告(1955年/東京急行電鉄刊)より=資料所蔵/筆者
東急会館(玉電ビル)完成当時のビル全体図。ビルの2・3階に玉電のりば、地下鉄銀座線のりば、が図示される。東急会館工事報告(1955年/東京急行電鉄刊)より=資料所蔵/筆者
昭和~平成の渋谷駅といえば、床に貼られたカラータイルを思い出す方も多いことだろう。JR渋谷駅中央口から井の頭線へ向かう乗り換えコンコースで=2026年2月13日、渋谷区渋谷
次のページ
バスターミナルになった玉電の渋谷駅跡
icon-next-galary
icon-prev 1 2 3 4icon-next
関連記事
あなたにおすすめ

この記事のライター

工藤直通
工藤直通

工藤直通

おとなの自動車保険

最新刊

全店実食調査でお届けするグルメ情報誌『おとなの週末』。2026年2月14日発売の3月号では、「推しと…