女相撲や漁村念仏が次々と
細い路地は海から山へと向かって上り坂になっている。その道の両脇に建つ家々の壁に版画が次々と現れた。網を上げる漁師たち、大豆を選別している人々など、歩きながら昔の佐渡の漁村の暮らしぶりを知ることができる。そのほか女相撲や漁村念仏など、驚くほど生き生きとした版画が数メートルおきに続いているのだ。
本当に素人の作品なのだろうか。そう疑うほど、躍動感があり構図もとても素敵だ。何よりも「村の行事を伝えたい」という想いが作品から溢れている。プロのアーティストにはない素朴さがあって、私は胸を打たれた。
途中で魚の木彫りなどを飾っている家もあり、興味深く拝見させていただいたが、観光客はひとりもおらず、実にもったいないなあと思いながら、ぐるぐると路地をまわると薄暗い山道に出た。ここが集落の一番奥なのだろう。
下りは行きと違う小川沿いの道を進むと立派なお寺が見えてきた。集落のなかは静まり返って人気がない。版画となって残るかつての賑やかな村の暮らしを眺めながら、夕暮れの坂道を降りていくと、川の向こうからギターの音色と男性たちの合唱が聞こえてきた。耳をすますと日本海の漁師町に似合いそうな演歌ではなく、昭和30年代くらいのフォークソングのようであった。
首を「く」の字にひねったおじさん
「静かなだけで人は住んでいるのか」とほっとしたその時、「うお~い!!」とその家から声がした。驚いたことに、床近くの高15センチくらいの横に細長い地窓からおじさんが首を「く」の字にひねって顔を開いた窓に押し付けている! ギョッとする私たちを見て「うお~い!!」とさらに声を張り上げた。
「もしかして我々を呼んでいる?」
「うち、おいでよ~!」
「ええ!? (なぜ?)」
「今日は法事なんよ。おいでよ~!」
「ほ、法事!?(ますます、なぜ!?)いえ、私たち版画を見に来たので」
「版画? うちにあるっちゃ!」
法事なのにどうして観光客を呼び込むのか。法事なのになぜフォークソングなのか。ただ単に酔っぱらっているのか。佐渡、なんだかすごいところだ。
声をかけてくれたお礼を述べつつも、急いで通り過ぎようとしたら、先ほどの顔を出していたおじさんが家からサンダルで出てきて「うお~い! こっちっちゃ~」と、橋の上で手招きするので、観念して少しだけお邪魔することにした。
かの太宰治は小説『佐渡』の書き出しで「佐渡は淋しいところ」だと連呼していたが、島に着いてすぐになぜか知らない島人の法事に参加するという謎の急展開に私はとまどいつつ、家にあがらせてもらった。
三十三回ってほぼお祝いだから
広い居間には70代くらいのおじさんたちが8人。テーブルの上では酒瓶とご馳走が並び、そして今は珍しいレコードがまわり、楽譜片手にギターをかきならしていた。
「本当に今日は法事なんですか?」
私はだいぶ疑って聞いた。
「おう、神社の神主さん、お寺のお坊さんも神仏合わせておるよ」
え? どこに? と首をひねったが、「一度、着替えてまた集まったんが」とひとりが言った。神主さんもお坊さんも衣を脱ぎ、皆、スーツから普段着に着替えて再集結したらしい。この法事のために、東京から兄弟が駆けつけて、同級生たちも呼んでみんなで飲んでるのだと説明してくれた。
「まあ、食べて歌って。法事で配ったトチモチはまだあるよ。これ『田中餅店』の。その日のうちに食べないとならないから、佐渡でしか食べられない貴重な餅っちゃ」
「で、次の曲、どうするがー?」
「いちご白書やろうが、さっきアリスは歌ったし」
また歌い出した面々を眺めながら、私は横のおじさんにそっと話しかけた。
「あの……佐渡は法事の後って、フォークソング歌うんですか?」
「今日は親父の三十三回忌。ほら、三十三回ってお祝いだから」
佐渡ではそうなのか、それとも一般的にそうなのか、仏壇も神棚もない家庭で育った私にはわからなかったが、「ああ、そうなんですね」と相槌を打った。





