山の版画村・海の版画村
数日後、この旅の途中に訪れた相川地区の「佐渡版画村美術館」で疑問は解けた。佐渡の高校の先生でもあり、版画家としても活躍していた高橋信一さん(1917~1986年)という方が、島民への版画の指導を始め、昭和50年代頃から島全体に十数か所の版画創作グループができたそうだ。
今はやや下火となってしまったが、当時、「山の版画村」「海の版画村」と農民・漁民のグループが各地にできて競うように版画を学んだという。
餅と歌のお礼を言うと、玄関まで全員で出てきて「また、来なせや!」とギター片手に手を振ってくれた。そして「集落の津神島と姫埼灯台は見ていきんさい」というので、暗くならないうちに急いで海岸通りまで駆けおりた。
白いかわいらしい灯台の下から静かな海を眺めながら、もし太宰治がこの陽気な大川集落に最初に立ち寄っていたら、「佐渡は死ぬほど淋しいところ」と書いた小説『佐渡』はもっと違う展開になっていたかもしれないと私は考えた。第3話につづく。
取材/白石あづさ












