ふすま一面に版画がびっしりと
歌が途切れた時、私は先ほど会ったお母さんたちに聞きそびれた「大川集落ではなぜ皆で版画をしているのか」という質問をぶつけてみた。すると、先ほど「うお~い!」と私たちを呼んでくれたおじさんが言った。
「俺たち、版画家の高橋信一の弟子なんだ。もちろん知っているべ?」
全く知らなかった。だが「知りません」と断言するのも憚られ、「ああ………」と私はモニャモニャと言葉を濁した。
すると、その家の主であるおじさんが椅子から立ち上がって、続き間のふすまをガラリと開けた。驚いたことにその部屋の壁やふすま一面にモノクロの版画がびっしり貼ってあった(一瞬、体中にお経を書いた「耳なし芳一」の日本昔話が頭によぎった。それほど隙間なくびっしり、であった)。
毎年、大川を含む両津の人々で作っていた「版画カレンダー」の絵の部分を、捨てるのはもったいないので壁に毎年、切り抜いて貼りまくった結果、この版画部屋が誕生したのだとか。
それらは集落の外壁にはない作品もあった。「すごいなあ。写真を撮っていいですか?」と聞くと、おじさんたちは「おう、撮れ、撮れ」と、たいそう喜んだ。
思い出の「きらく」
「ところで、おふたりは今日、どこに泊まっとるの?」
「両津港近くの加茂湖の前の『きらく』というホテルです。佐渡汽船とのセット料金だと安かったので1泊だけ」
「きらく! オレはそこで結婚式を挙げたっちゃ!」
「うちはこの間、法事をやった!」
「オレなんて高校生のころ、そこで布団敷くバイトしとったぞ、わっはっは」
おじさんたちは、それぞれ「きらく」の思い出話を語り合っては腹を抱えて笑った。そしてまたアリスかチューリップか、誰かの歌を歌い出した。結局、なぜ大川集落で版画が流行ったのかわからないまま、おじさんたちの歌に手拍子を打っていたが、「きらく」の夕食の時間が迫ってきたのでお暇することにした。




