生島治郎『あなたに悪夢を』1974
〈奇妙な味〉と呼ばれる小説がある。ユーモアとも残酷ともつかない、何とも形容しがたい味わいの作品を指す日本独自の名称だ。
この概念を提唱した江戸川乱歩は、ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」などを実例にあげているが、他にもサキ、ロアルド・ダールなどの短編は〈奇妙な味〉と呼ばれることが多い。
日本における〈奇妙な味〉の短編集『あなたに悪夢を』を開いてみよう。
「頭の中の昏い唄」の主人公は出版社の校正室で働いているが、上司が校正刷りを読み上げる声が耳について離れず、日に日に気持ちが塞いでいく。上司に言わせるとこの仕事を始めて3年経つと、みんなノイローゼになるのだという。
この作品の異様さを際立たせているのは上司の声や少女の歌などの聴覚情報だ。それらが孤独な主人公を包囲して、現実から一歩足を踏み出させ、不意打ちを食らわすような謎めいた幕切れを迎える。
他にも香港駐在員の男が特殊な食材を使った料理のとりこになる「香肉」、死んだはずの女性が自分とよく似た男と目の前を通り過ぎていく「夜歩く者」、無実を証明するためショック療法を受けた男を描く「ダブル・ショック」などを収録。
さまざまなひねり方をしたミステリ・SF・ホラーなど、何とも形容しがたい〈奇妙な味〉の短編集だ。食材こそオーソドックスだが、料理の仕方やスパイスの使い方で、複雑な味わいを出している。



