レンタル二郎食べる人・清水くんのラーメン放浪記

“一番弟子”が「ラーメン二郎三田本店を継がなかった理由」 レンタル二郎食べる人・清水くんのラーメン放浪記(1)

「ジロリアン」とも呼ばれる熱狂的なファンを持ち、首都圏を中心に全国で42の直系店舗がある「ラーメン二郎」。その超人気ラーメン店をこよなく愛し、1人では行きづらいと思っている客の“ガイド役”を買って出ている青年がいます。早稲田大学大学院生の「清水くん」です。2020年1月から「ラーメン二郎」に一緒について行く「レンタル二郎食べる人」のサービスを本格的に開始。200人以上を「ラーメン二郎」に導きました。その“カリスマジロリアン”のラーメン放浪記です。

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2020年サービス開始の「清水くん/レンタル二郎食べる人」

〈2020年1月28日の自身のTwitter「清水くん/レンタル二郎食べる人」の書き込みがバズったことをきっかけに、ユニークなサービスを通して「ラーメン二郎」や「二郎系」ラーメンの魅力を伝え続けている。サービスはいたってシンプルで、交通費を支払ってくれた依頼者とともにラーメン屋に同行(飲食代は自分持ち)し、一緒にラーメンを食べるというものだ〉

〈一見風変りなサービスだが、依頼数は年間300件以上。「『二郎系』のお店には行ってみたいけれど、特有のルールがわからない」「初心者にはハードルが高くて入りづらい」という人に向けたこのサービスは、コロナ禍においても利用する人が絶えない

年に200杯以上のラーメンを食べる清水くん。もともと「二郎系」のラーメン屋でのバイト経験もある彼に、「ラーメン二郎」や「二郎系」ラーメンの世界について存分に語ってもらう〉

清水くん

「二郎」と「二郎系」の違いって? 1968年創業の本家「二郎」

世の中にはラーメン二郎の愛好家を指す呼び名として「ジロリアン」という言葉があります。また愛好家でなくとも、ラーメンのジャンルとして「二郎系」という言葉は誰しも耳にしたことがあると思います。「二郎」と「二郎系」の違いはとてもシンプルです。本家の「ラーメン二郎」の看板を掲げているお店に対して、そこから派生したインスパイア系のお店が「二郎系」と呼ばれています

本家の「ラーメン二郎」の歴史は1968年にまで遡ります。二度にわたる移転を経て、ジロリアンから「総帥」とも呼ばれる初代店主「山田拓美」さんが東京都港区の三田に本店を構えました。50年以上もの間に増えた店舗数は、北海道から京都まで、全国で現在41店舗にもなります。

店舗は日本各地に広まっていますが、「ラーメン二郎」の看板を掲げることができるのは、三田本店の店主から独立を認められた者のみです。一方で影響を受けた「二郎系」は、これまた全国に数え切れないほどの店舗がありますが、その人気も本家に負けず劣らず現在に至るまでファンは増え続けています

僕自身も「二郎系」の魅力にどっぷりハマった一人です。インスパイア(感化)された「二郎系」店舗の共通点、それは「店主が『ラーメン二郎』を尊敬していること」だと思います。

“一番弟子”が手がける「二郎系」ラーメン「いごっそう」

今回、「二郎」と「二郎系」の違いを語る上では欠かせないある方のもとへ取材に行ってきました。ご協力いただいたお店は、2001年創業、都内の西武新宿線・東伏見駅から徒歩15分の青梅街道沿いにある「らーめん いごっそう」(一駅手前の武蔵関駅から2011年に移転)さんです。僕が大学院生として通う早稲田大学の東伏見キャンパスからも最寄りで、馴染みの場所でもあります。

らーめん いごっそう

こちらの酒井英勝店主が「ラーメン二郎」三田本店で修行をした後、自身のお店の看板にはあえて「二郎」の名前を掲げずに「いごっそう」としてラーメン屋を始めたことはよく知られています。しかし、その理由や経緯は明かされておらず、お店のホームページやSNSもないため、ジロリアンの中でも様々な噂や憶測が飛び交っています。歴史のあるお店で電話番号も非公開なので取材NGかと思っていましたが、直接店舗に伺ったところ、酒井店主は僕の活動のことも知ってくださっており、快く取材を受け入れていただきました。

(酒井店主)「いごっそうは高知の方言で『頑固者』『強情者』という意味らしいんだけど、別に僕は高知県の出身じゃないんだよね。お店を出した頃に読んでいた小説から取ってさ、二郎を超えてやるなんていう思いも少しあったりして」

山田総帥の右腕でありながら「二郎」を継がなかった

酒井店主は料理人としてフランス料理を学ぶために現地で経験を積み、日本に帰国してからラーメンを学んだという異色の経歴を持っています。

(酒井店主)「フランス料理は才能がないと思って諦めて、日本に帰ってきて何をやろう?と考えた時に、ラーメンが面白そうって思ったんだよね」

その後、酒井店主は「二郎」での修行を通して、ラーメンの世界でその才能を発揮することとなります。

「らーめん いごっそう」の酒井店主と

(酒井店主)「最初はお客として『二郎』に通ってたんだよね。当時はまだ『二郎』も5、6軒しかなかったかな?その後にアルバイトから始めて三田本店で3年かけて修行をして、独立前には親父(山田総帥)から『三田本店をお前にあげる。他でやったらお金もたくさんかかるから二郎としてやってみたらいいでしょ』っていうありがたい話もされたんだけどね。お店を継いだらお金の面でも苦労はしないけど、結局継がなかったんだよね

創業者である山田総帥から腕を認められたにもかかわらず、「二郎」を受け継がなかった理由は何だったのか。多くのジロリアンたちが抱えてきた疑問の答えを探るべく、「いごっそう」を開店するまでの経緯について教えていただきました。

(酒井店主)「初めは本店とは別の場所で『二郎』としてラーメン屋を開こうとしてたんだよね。王子に二郎(現在はラーメン富士丸)があって、初めは赤羽かその近辺でやろうとしたのね。二郎の親父も見に来て、『ここでいいんじゃないか?』って言われて。通り道に『二郎』があるから寄っていこうって話になって、赤羽の店主に『今度、酒井くんが新しくお店を出すからよろしく頼むよ』という話をしてくれたんだよね」

(酒井店主)「ところが、後日親父に呼ばれたら、『(赤羽の)店の売り上げが減ってしまう』って言うんだよね。昔は5kmとか6kmとか離れていればお店を出していいっていうルールがあって、そのルールはしっかり守っていたのに、『この場所は辞めよう』って言うんだよ。自分は納得いかなかったけれど。それなら自分は『二郎』でやらないって思ったんだよね。三田のお店を譲るって言われたけど、僕は断って、百歩譲って他の場所でやるならって思ったけど、最後には嫌だって言っちゃったんだよね。親父にはすごく良くしてもらったけど、あんなに有名な人の後を継ぐのもまた大変でしょ

「二郎」を継がないという決断をした背景には、皮肉にも酒井店主にラーメンの才能があったことが関係していました。同時に、すでに人気店となっていた「二郎」の味を求めるお客さんから、当然のように厳しい評価を受けるであろうことも分かっていたようです。

(酒井店主)「継ぐっていうのはとても難しいんだよね。全く同じ味のラーメンを出したとしても、親父は良かったのにと言われる事もあるでしょ。二代目は大したことないなって言われたら、そりゃあ癪に障るよね。だから違う材料でやろうって決めたのよ。でも、そしたら当たり前に『二郎』の看板は掲げられないでしょ」

店舗で味が違う

店舗によって味が違うという点が、一般のラーメンチェーンとは大きく異なる「二郎」の特徴であり、僕にとっての「二郎」の大きな魅力です。味やスープの色が店によって違うので、それが「二郎」の面白さでもあると思っています。ジロリアンの中には「二郎」の店舗を全国制覇するような方もいますが、その理由もやっぱり味が違うからこそだと思います。初めてのお客さんは困惑するかもしれませんが、僕はそこが「二郎」の良いところだと思います。酒井店主にもこの点について聞いてみました。

「らーめん いごっそう」のらーめん

(酒井店主)「20年以上前は『二郎』の親父は優しいというか、甘い人だったからね。お店をやりたいって人が来ると、いいよとすぐに出店させていたんだよね。店主が全然練習しなくてもお店を出させたこともあったりしたよ。だからタレの分量とかも店によって違ったんだよね」

(酒井店主)「『二郎』の親父が間違えて言ったのか、相手が間違えて覚えたのかは知らないけど、みりんとか醤油の割合が違ったりしてたのよ。でも親父は『まあ美味しいか不味いかを決めるのはお客さん次第だしいっかー』って。親父はマニュアルというより、お客さんに揉まれて覚えろっていう感覚の人なんだよね。美味しくなかったらお客さんが『こんなの二郎じゃない』って言うでしょ。親父がすごいのはそれでいいんだって言えるところなんだよね。『それも勉強だから』って。今はきっちりやらないとお店は出せないみたいだけど、その名残はあるよね」

「二郎系」としての道を選んだ酒井店主ですが、本家「二郎」を知り尽くし、またリスペクトしていることが、取材を通して感じられました。

清水くん

清水くん

1998年7月10日生まれ。早稲田大学大学院修士1年。18歳で幼少からの憧れだった「ラーメン二郎」に足を踏み入れ、独特の雰囲気と中毒性のある美味しさの虜になる。大学3年時から一緒に「二郎」のラーメンを食べに行く「レンタル二郎食べる人」として活動。2020年は160人に同行し、依頼者の不安や疑問を解消した。食べたラーメンは250杯以上。テレビやラジオ、ネットニュースなど数多くのメディアに出演。

構成/白石あさえ、撮影/スギゾー

 

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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