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何で肉とジャガイモが甘いの?

誰よりも早く作り始めたのに、私の肉じゃがは一番、最後に完成した。鍋で炊いたご飯と一緒に食べ始めたら、皆が一斉に首を伸ばして私の皿をじっと見ている

「た、食べる?」と聞いたら、「食べる! 食べる!」と立ち上がって寄ってきた。少しずつ、皿によそうと我先にと食べ始めたのだが……。

「うおっ、アヅサ、何でこれ甘いの!?
肉じゃがって、砂糖入れる料理だもの

「そんな! ジャガイモと肉が甘いなんて!」

「え~、ヨーロッパでも肉に甘いソースかけるじゃない」

なんとも残念なことに不評であった。しかしよく考えれば、今まで世界を回って食べた料理は、砂糖を入れる煮込み料理はあまり……というか、ほとんど食べたことがなかったかも。

みな、韓国人やインド人にチリやカレー粉を借りて、肉じゃがにかけている。ああ、肉じゃがの繊細な味が……。観光はもういい。こうなったらリベンジだ。私は明日の晩のメニューを考え始めた。

ついにふたりの正体が判明!

翌日、私は甘くない親子丼を作ることにした。これまた日本人の旅人が海外でよく作る料理である。日本のダシの素や日本酒は近くの小さなスーパーでは売っていなかったので、代わりに中華の素と白ワインを入れた。醤油さえあれば、なんとなく親子丼の味になるのだ

ぐつぐつと煮込んでいると、帰宅した旅人がリビングに集まってきた。どうやら、あっという間に「今夜は日本食が食べられるらしい」と広まったらしい。ユースのスタッフまでがウキウキしている。大量に作っておいてよかった……。

肉じゃがのリベンジがはじまった
肉じゃがのリベンジがはじまった

「さあ並んで、並んで」と食堂のおかみさんのごとく、私は皿を持った人たちに親子丼をよそっていると、この3日間、ベッド以外の場所で見たことがなかった同室のふたりが部屋からゴソゴソと出てきたではないか。いつもはパンツ一丁のおばさんの洋服姿が新鮮だ。

「ユー! 昨日のこと聞いたよ。私たちにもジャパニーズ料理、プリーズ!」 

果たして砂糖を入れない親子丼は(私には違和感があるが)、大変、好評であった。日本食の名誉挽回である。ふと見ると、やはり韓国人はチリソース、インド人はカレー粉を親子丼にたっぷりかけていた……が、案外、いけるのかもしれない。食べ終わると、それぞれワインやビール、ナッツやスナックを持ち寄ってくれたので、わいわいと宴会になった。そこで思いがけない事実が判明したのだ。

別々に旅をしていると思っていた鼻ピアス姉さんとパンツおばさんは、なんと一緒に旅をしているふたり組だという。どういう関係なのかと尋ねたら、おばさんは笑って説明してくれた。

彼女(鼻ピアス)は医大生なのよ。ボランティアで病気持ちの私と一緒に旅をしてくれているの」

「知り合いなの?」

「ううん。私は家族もいないし、大学の掲示板で募集したの」

アメリカには旅のボランティアってあるのか、と感心していると、皆がいろいろ質問しはじめた。

「どうしてユースの相部屋なの? 他の人がいるからうるさいでしょ?」

「私、お金もあんまりないし、それに誰かがリビングにいたほうが話せて楽しいでしょ」

「ムリしないで、治してから旅行すればいいのに」

時間がないのよ。ガンであと半年なの。でもたまに調子のいい日もあるから」

私はちょっと感動した。アメリカとはガンだから、家族がいないから、お金がないから、と諦めず、やりたいことをやりたいと堂々と言える国なのだと。日本だったら迷惑をかけてはいけないと思いとどまる人も多いだろう。

「半年の命」と聞いても、アメリカ人夫妻は、さりとて驚くわけでもなく、「人生最後の旅ならマイアミがいいよ。イルカもいるし」 と話に加わってきた。

すると、カナダ人は、「カナダの秋こそ、素晴らしい」と力説し、イギリス人は、「秋なら、コッツウォルズのほうがいい。俺が車で案内するぜ」 と対抗する。インドの留学生は、「いや~イギリスは飯が……。インド本場のカレーを食べさせたい」と盛り上がる。

鼻ピアスの姉さんは話に加わらず黙っていたが、「オヤコドン、もっとプリーズ」と私に茶碗を出したので、大盛りにした。おばさんに寄り添っていたから、いつも間食だったのかもしれない。

あと半年の命だったら……私なら南の島でハンモックを吊って、毎日、エビ三昧だろう。もう体重を気にすることもなく、朝から晩まで、大好きなエビでお腹をいっぱいにするのだ。

文/白石あづさ

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