大田区は大森区と蒲田区とが合併して出来た区で、東京23区では面積が最も広い。ただまぁ羽田空港が区面積の3分の1を占め、2位の世田谷区を上回ったのも空港を拡張したから、という微妙な勝負の結果らしいんだけど。と、とにかく「広い」ということはそれだけ、どこの駅からも離れた商店街もありそうだ、と睨んで探してみたら、見つけましたよ。「観音通り商店街」。
大森と言えば「大森貝塚」
JR京浜東北線の大森駅と、東急池上線の池上駅の中間辺りにあるらしい。大森駅と池上駅をつなぐ東急バス「井03」系統などに乗れば、10分程度で行ける、とか。
てなわけでやって来ました、大森駅。ずっと前に来たことはあったけど、やっぱり大森と言えば貝塚でしょう。目指す商店街とは反対方向に当たるけど、まずはそちらへ行ってみる。駅前を横切る、商店が立ち並び人通りも多い「池上通り」を、右へ。緩やかな坂を下って北に歩くと、右手のビルの前に「大森貝墟(かいきょ)」と書かれた石碑が現われます。
ただしこれは、レプリカ。案内に従ってビルの間の階段を下り、「本当にこんなところにあるの?」とちょっと不安になったところで、ようやく本物が現われる。線路ギリギリの際に立ってて、正面から全体像を撮るような距離はとても確保できなかった。
階段の脇には大森貝塚の発見者、モース博士(1838~1925年)の肖像と説明板があり、それによると、博士は1877(明治10)年、横浜から新橋に向かう車窓でこの貝塚を見つけたのだ、とか。線路ギリギリに碑が立ってるのも、当然。貝塚がここになかったら、博士に発見されることもなかった、のかも知れないんですね。いやぁ、納得。
品川区には、モース博士の胸像
ところが大森貝塚、縁りの場所はここだけではありません。池上通りに戻って更に北へ行くと、またも右手に今度は大きな公園が現われる。こちらには実際の貝塚の地層を示した展示や、モース博士の胸像なんかもあって、やはり線路際に石碑が立っている。
どうせなら一ヶ所にまとめればいいと思うんだけど、実は前者は大田区、後者は品川区という微妙な場所にあるんですね。言ってしまえば両区の縄張り争い。まぁどちらも「貝塚の本家はうちだ」という自負があるんでしょうね。