2023年から「メドック白」が格付け 「メドックワインマスタークラス」の中で、もう一つ興味を引かれるニュースがあった。2023年から「AOCメドック・ブラン」がワイン法で認められるというものだ。ラフィット、ムートン、ラト…
画像ギャラリー2022年の晩秋から暮れにかけて、ボルドーワイン委員会とメドックワイン委員会のセミナーがオンラインと都内の会場とで相次いで開かれた。前者は、ボルドー全体のブドウ栽培者、ワイン生産者、ワイン商を代表する組織、後者はボルドーの中でも「左岸」と呼ばれ、「5大シャトー」始め、銘醸シャトーの多くが立地、操業しているメドック地方の生産者らを代表する組織である。
質量共に世界一、最先端の場所
一級品とされるボルドーワインの多くが何年もの熟成を経てからでないと本領を発揮しないこと、文字通り「お城然」とした建物を持つシャトー(ボルドーでの意味はブドウ畑を所有し、栽培、醸造、熟成からボトル詰めまで一貫して行う生産者のこと)が多いことから、「ボルドー」と聞くと、重厚で古めかしいイメージが浮かぶ人が多いかもしれない。が、クオリティワインの産地としては質量共に世界一と言えるボルドーは、潤沢な資金のもと、俊英が集い、栽培・醸造の最新技術が日々生まれ、研磨され、世界に発信されている「最先端の場所」である。
11月2日に行われた「メドックワインマスタークラス」の中で「シャトー・ドーザック」(マルゴー地区、メドック格付け5級)が導入した新技術が紹介された。木製の発酵タンクの側面に透明の窓を設け、発酵中のマスト(醪)の状態が見えるようにしたものだ。目的は赤ワインが抽出過多になるのを未然に防ぐこと。赤ワインの醸造においては、果汁だけでなく、果皮や種子から色素や香味、渋みなどの成分を抽出するのだが、抽出の度合いによって出来上がるワインが違ってくる。食のトレンドがどんどんライト化していくなか、ワイン界においても10年くらい前から飲み手と造り手の双方が抽出過多を嫌う傾向にあり、ボルドーワインだけが濃厚ではいられないのだ。
「シャトー・ドーザック」によると、この窓付き発酵タンクは、コニャックの大手樽製造会社、セガン・モロー社と共同で開発したもの。またシャトーでは、18年からこの発酵槽とR’Pulseというシステムを導入しているという。このシステムは、掃除機のような形状の機械で果帽(醪の中の固形分が浮いて、発酵タンクの上部に固まったもの)の下から酸素を注入することで、果帽が固まったり、乾燥したりするのを防ぎ、ソフトに短時間で成分抽出を終わらせるもの。
従来は、ピジャージュ(果帽の上から櫂状の道具でつっつく)、ルモンタージュ(タンクの下から液体を抜き取り、ポンプで果帽の上からかける)などの方法が取られてきた工程だが、時間も労力もかかるし、マストに衝撃が加わることで、ワインに余計なダメージを与えてしまうリスクが高かった。R’Pulseを使えば、マストは強い衝撃を受けることなく抽出・発酵するので、ワインはピュアな果実味が際立つものになるということらしい。おまけに醸造スタッフは長時間の重労働から解放され、機器を稼働・洗浄するのに使う電力や水の消費を抑制することができるというからいいことずくめだ。販売元のサイトによると、5675ユーロ(約80万円)するこのシステムをすでにボルドーでは100軒の醸造所が導入している。「シャトー・ドーザック」は開発の段階からこのシステムに関わってきたそうだ。
2023年から「メドック白」が格付け
「メドックワインマスタークラス」の中で、もう一つ興味を引かれるニュースがあった。2023年から「AOCメドック・ブラン」がワイン法で認められるというものだ。ラフィット、ムートン、ラトゥール、マルゴーなど、ワインを愛好する者なら誰もが名前を聞いたことのある有名シャトーが立ち並ぶメドックだが、格付けがされているのは赤ワインだけ。ボルドーの名声は赤ワインが築いたと言って差し支えない。しかし、実際にはメドックの多くのシャトーが白ワインも造っていて、そのクオリティは赤に負けず劣らず高い(ブドウ品種は、ソーヴィニヨン・ブラン、セミヨン、ミュスカデルなど)。銘醸シャトーを取材で訪ねた際、食事の席でそのシャトーが特別な客のためだけに造っている白ワインを供されるのは、ワイン・ジャーナリストにとって密かな愉悦である。
「メドック白」が格付けされて日の目を見る動きの背後に何があるのかは詳らかでないが、考えられるのは、世界的に白ワインの人気が高まっていることと、気候変動の影響が予測し難く、一つでもリスクを分散するものを持っていたいという経営戦力上の理由だ。また経営が盤石でないシャトーにとっては、熟成期間が短くて済む白ワインの価値が高まることはキャッシュフローを安定化させるのにもってこいの朗報と言えるだろう。
アンフォラを使ったワイン造り
一方、12月14日にオンラインで行われたボルドーワイン委員会のメディア・ワイン業界関係者向けセミナーのテーマは「ボルドーワインのフルーティアロマの最新情報」というものだったが、ここで僕の興味を引いたのは、「ジアセチルの働きでジャム的な香りが増強される」といった、科学的素養がないと理解不能な話題ではなく、試飲用サンプルとして送られてきた2本のワインの造り手の醸造スタイルのほうだった。1つはボルドー右岸、サンテミリオンに隣接するカスティヨン・コート・ド・ボルドーの「シャトー・ド・シャンション」、もう1つはメドック地方の北の端、ジロンド川が大西洋に注ぐ河口のすぐ近くにある「シャトー・ルストーヌフ」(ワインはいずれも赤だった)。
2つのシャトーはいずれも自然な造りで瑞々しいワインを目指していて、前者はオーガニック認証も取得している。興味深いのは両者共にアンフォラ(素焼きの甕)による発酵もしくは熟成を醸造工程に加えていることだ。アンフォラを使ったワイン造りは世界的に起こっている「バック・トゥ・オリジン」の一つで、起源をたどると黒海周辺のワイン発祥地にたどり着くのだが、ミレニアム前後にイタリア北部で新たに火がつき、ナチュラルワインの生産者を中心に世界に拡散、今では各地でこの手法が取り入れられている。アンフォラのメリットは、ステンレスタンクにはない微酸化が期待できること(ワインが丸みを帯びる)と、木製の樽を使うことによる樽香を避けることでブドウ本来の風味をより際立たせることができること(アンフォラのタイプによっては土っぽい風味がつくことがある)。
僕の知る限り、10年前にボルドーでアンフォラを使っている生産者はほとんどなかった。冒頭で、「最先端の場所」と書いたが、ボルドーはある部分でひどく保守的なところがあり、例えば、有機栽培やワインツーリズムの導入という点では、他のワイン産地の後塵を拝してきたという事実もある。アンフォラの使用にもボルドーは慎重であるように見えたのだが、どうやら、ここ数年の間に風向きが変わっていたようだ。
ボルドーワインへの既成概念を改める
オンラインセミナーの中で、両シャトーのオーナー兼ワインメーカーにアンフォラ導入の狙いについて質問した。
「シャトー・シャンション」のパトリック・エレズエさんは、「2016年にアンフォラを導入しました。美しいタンニンを抽出したかったのと、樽で熟成をかけることで加わる独特の風味を省きたかったのです。アンフォラで醸すと赤果実のピュアな風味が表現できます。またボトリング直後から飲めるワインになると思います。現在では、100%アンフォラ醸造の『テア』というアイテムも出しています」とのこと。
「シャトー・ルストーヌフ」のブリューノ・スゴンさんは、「うちではイタリア製の、卵が逆さになった形状をした特別なアンフォラを使っています。発酵タンクとしてではなく、熟成用のみに使います。狙いは果実味としなやかなタンニンを表すこと。樽熟成のキュヴェと混ぜることで、エアリーで飲みやすいワインになると思います」とのことだった。
わずか2人だけのコメントからも、我々飲み手の側がボルドーワインに対する既成概念を更新しなくてはならないことがわかる。万物は日々移ろう。気候変動や嗜好の変化、食の安全や環境への意識向上などを前に、ワイン造りも臨機応変にトランスフォームすることが求められる。ボルドーでさえ、例外ではないのだ。
ワインの海は深く広い‥‥。
Photos by Yasuyuki Ukita, Chateau Dauzac, Chateau de Chainchon
浮田泰幸
うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。