カサノヴァの食事を真似してみたら……
また彼はスペイン風の〔オジャ・ポドウリダ〕を好んだという。直訳すれば〈腐った鍋〉だ。手近な肉と野菜を鍋に投げ込んで、卵を加えて長い時間ドロドロになるまで煮込む下品な料理である。セルバンテスの『ドン・キホーテ』にもこの鍋が登場している。
カサノヴァは肉類も好んだが、必ず腐りかけの黒く変色したものに限られ、また、ウジ虫が喰い散らかして穴だらけになったチーズも大好物だったというから、不世出の漁色家の食事は意外に悪趣味なものであった。
チーズといえば、わが国の誇るプレイボーイ、光源氏もこれに目がなかった。当時この乳酸製品は〔醍醐(だいご)〕と呼ばれ、上流社会の強精食として評判が高かった。
93歳のパパになった男が住んでいる地方も乳酪王国として有名である。とすると、あるいはチーズが、ということになりそうだ。
げんなり、ぐったりの憂愁紳士の中に、カサノヴァの食事を真似したロマソチストはいないものかと思ったら、いたいた、いました大物が。
『戯れに恋はすまじ』『ミミ・パンソン』でおなじみのフランスの作家ミュッセがその人である。彼は自らを回春のモルモットにして、丸一ヵ月間をカサノヴァの好物だけ食べて暮らした。その結果はどんな具合であったか。ミュッセは苦りきった顔で、こういったそうである。
「少なくともあの色事師が、ひそかに便秘で苦しんでいたことだけは証明できたぞ!」
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1936(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。