今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。
夏坂健の読むゴルフ その21 女性からの反撃
「もたもたするなよ、おじさん!」
「あの光景は忘れ難いものでした。彼女がアメリカのツアーに参加した第2戦目、ロサンゼルスでは初登場という朝です。アナウンサーに紹介されて現われたイギリスのローラ・ディビスは、会釈して無雑作にティアップすると、90キログラムの巨体を一杯に使って295ヤードの信じられないロング・ドライブを放ってみせたのです。
私の横には、LPGA(女子プロゴルフ協会)の男性役員が3人、それからコース側関係者が2人いました。連中はディビスの打球が大空の彼方に消えてなくなり、やがて遥か遠方のフェアウェイに白いものがポツンと落下するまでの時間、あんぐり口を開けたままでした。ややあって、役員の1人が唸るように言ったのです。
『彼女は本当にオンナかね!? いっぺんセックス・チェックをせな、あかんな』
コース側の男性が言いました。
『しかし、あれだけ立派なオッパイがタップン、タップンと揺れているのですよ。恐らくオンナに間違いないと思いますが』
しばらく黙したあと、別の役員が声をひそめてこう言ったものです。
『多分、染色体の異変か何かで女性の姿に変身したのだろう、気の毒に。きみ、明日からはティの位置を一番うしろまで下げなさい』
飛距離にすがってきた男性優位のゴルフが、この瞬間、もろくも崩壊したのです。最近では10人近いルーキーが300ヤード近くも飛ばしているというのに、男たちは事実から目をそむけて、染色体異常で片づけようとしているのです」(ゴルフの女性コラムニスト、P・ピュー)
「ゴルフ開闢(かいびゃく)以来、男たちは徹底的に女性を差別してきた。とりわけ女のドライブ(運転)とドライバーに対して嘲笑を浴びせるのが大好き。もたもたするなよ、オバさん! と叫ぶときの男たちのうれしそうなこと。しかし、いまや時代は逆転しつつある。パインオークスGC、グリーンヒルズGCからの報告によると、18ホールの所要時間がついにひっくり返って、男性4人のパーティのほうが女性4人組より5分30秒も遅いことが判明したのだ。力まかせにボールを叩いて大きく曲げたあと、いつまでもロストボール探しに明け暮れる男性群と比べたとき、非力でも真っすぐに打っていく女性のほうがスムーズなこと、説明するまでもない。さあ世界中のレディースよ、今度は私たちの番、声を揃えて叫ぼうではないか。
『もたもたするなよ、オジさん!』
はい、もう一度、
『さっさと打てよ、オジさん!』
はい、もう一度……」(女流作家、E・ディクソン)
「男たちを見ていると、つくづくゴルフってゲームの正体がわかるわ。要するに、もう鬼ごっこをして遊ぶほど活発じゃない、ヒゲの生えた子供たちの遠足なのよ」(A・マクガイヤー)
「女も自慢しないわけじゃないけど、男ほどひどくないと思うわ。とにかくドライバーの飛距離に始まって、出会い頭の偶然まで、すべてくまなく自慢のタネに仕立てるわけだから、涙ぐましい努力というべきでしょうね。それとも、自慢によって辛うじて自分を支えるほど心細いゲームなのかしら?」(バーバラ・ブッシュ前大統領夫人)
「鼻歌まじりのご帰還ならば、その日のゴルフは絶好調。ガレージのドアを手荒く閉めたら、多分OBが2、3発かしら。一度なんてキャディバッグを地べたに叩きつけたこともあるわ。そこで歯を磨いてる夫に尋ねたの。
『あなた、もうゴルフはやめたの?』
彼はブスッとした口調で、
『あした、9時12分のスタートが最後になるだろうよ』
それ以来、15年も同じような日が続いてるわ」(プロゴルファー、ジョン・ジェイコブス夫人、マーガレット)