×

気になるキーワードを入力してください

SNSで最新情報をチェック

自衛隊を本物の「税金泥棒」にした官僚たち

今もお題目を聞かされている後輩たちのために、多少の蘊蓄(うんちく)をたれることをお許し願いたい。少なくとも彼らには、知っておいて欲しい。

そもそもシビリアン・コントロールの思想と制度は、清教徒革命と名誉革命を経たイギリス、そして独立革命後のアメリカにおいて生まれたものである。その精神は尊い。

軍隊の存在は平和な国民生活の脅威となる可能性があるから、これをできうる限り非軍人の統制下に置いて、予算を縮小し、行動を制御しようとした。すなわち、最高指揮権者を非軍人とし、軍の機能を独立させずに行政府の中に置いた。

この形はいわゆるシビリアン・コントロールの基本である。しかしこの基本形のまま軍隊を完全に統制しうるのは、軍事技術が未発展であった19世紀までであった。

時代とともに軍隊は巨大化し、破壊力を増す。国が繁栄すれば、自然とそうなる。経済規模に比例した防衛力が必要だからである。

こうなると、軍隊を政治的に統制すること自体にさまざまの矛盾が生ずる。そこで、「実力を抑制する」よりも「強化しつつ管理する」ことが、シビリアン・コントロールの新しいスタイルになった。

ここに重大な問題が生まれた。

管理者としてのシビリアン、すなわちわが国でいうなら、防衛庁の役人や一部の議員に、権益が生じたのである。

現代の軍隊は「産軍複合体」と呼ばれ、軍事関連企業と密接な関係にある。その複合部分を、高級官僚と一部の議員が支配する結果になる。

法律や予算などで、いかに基本的なシビリアン・コントロールがなされたところで、軍事産業の意思と官僚の意思とで、軍事費を事実上私物化できるのである。

たぶん彼らは、こういう関係をずっと続けてきたのであろう。だから、ひとつが明るみに出れば、あわてて組織ぐるみの証拠隠滅を計ろうとする。

軍人をなめるな、と私は言いたい。いや、軍人と自称することもできぬ沈黙の兵士たちになりかわって言う。

私たち自衛官は、かくも長きにわたって「税金泥棒」の譏りに耐えてきたのである。国家の再興と発展のために、国民の何分の1かの給与と禁欲生活とに甘んじて、まさしく詔勅(しょうちよく)の文面通りに、耐え難きを耐えてきたのである。その結果が、このザマだ。

シビリアン・コントロールを笠に着た東大出の官僚どもが、自衛隊を本物の「税金泥棒」にしてしまった。

この稿を書いているとき、偶然かつての上官から葉書が届いた。在隊中の営内班長ドノである。誠に勝手ながら、その一部分を紹介させていただく。

「この度陸上自衛隊を定年退官致しました。昭和41年入隊以来、極めて恵まれ且つ充実した勤務ができましたことはひとえに皆様の御厚情の賜(たまもの)であり、厚く御礼申し上げます。32年の全力投球を終えました」

無能にして無思慮な役人は、この人さえも「税金泥棒」にした。50年の間いちども戦(いくさ)をせず、災害派遣の泥にまみれた「栄光の軍人」のすべてを、「税金泥棒」にした。

(初出/週刊現代1998年10月10日号)

 1998年、防衛庁調達実施本部が起こした背任事件が発覚した。防衛庁調達実施本部の装備品納入をめぐり、本部長と副本部長が結託し、過払い認分の返納額を恣意的に減額した。その見返りに、職員の天下り先を確保させるなどした癒着が問題視され、本部長と副本部長が東京地方検察庁特別捜査部に逮捕された。本部長は懲役3年執行猶予5年の有罪判決が確定した。副本部長は天下り先で得た顧問料が事後収賄罪に認定されて懲役4年追徴金838万5000円の実刑判決が確定した。

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『きんぴか』『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『日輪の遺産』『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

icon-gallery
icon-prev 1 2
関連記事
あなたにおすすめ

関連キーワード

この記事のライター

おとなの週末Web編集部 今井
おとなの週末Web編集部 今井

おとなの週末Web編集部 今井

最新刊

全店実食調査でお届けするグルメ情報誌「おとなの週末」。11月15日発売の12月号は「町中華」を大特集…