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今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。

夏坂健の読むゴルフ その31 ゴルフ界の不思議な輪廻

年間19勝をあげたバイロン・ネルソン

ワインにも豊潤な当たり年があるように、「1912年」はアメリカのゴルフ界にとって最高の当たり年だった。

誕生順に紹介すると、まず2月4日にテキサス州ワクサヘチーの小さな民家で、バイロン・ネルソンが産声をあげた。のちに判明したことだが、生まれつき血友病に似て血が固まらない体質だった。

12歳のとき、健康増進が目的でゴルフを始めると、たちまち汲めども尽きぬ魔力のゲームにのめり込み、ひまさえあれば居間の絨毯からソファー越え、彼方の紙屑籠にアプローチを打ち込んでいた。この乱暴を笑って許した親も大したものである。17歳からアマ競技に出場すると、翌年にはサウスウエスト・アマ選手権に優勝、すっかり自信をつけて20歳になった1932年、プロに転向する。

彼のゴルフ人生は、1937年から46年までの10年間にすべてが集中する。まず37年のマスターズでは、最終日の11番が終わった時点で首位のR・ガルダールに4打の差をつけられていた。奇蹟の序曲が12番のロングパット、およそ15メートルのスネークラインを見事に沈めてバーディを奪うと、14番でもバーディ、15番では2オンに成功してイーグルまでやってのけた。この逆転優勝によってトッププロの座を確保すると、第二次大戦の余波でゲーム数が減少する中、全米オープン、全米プロ、マスターズも含めて26勝の快進撃。とくに凄かったのが45年である。

この年の3月8日、マイアミで優勝したのが皮切り、8月4日に終了したカナダ・オープンまで11試合連続優勝の快挙。さらに120ラウンドの平均ストロークが「68・33」のツアー新記録。ブロードムアでの競技では「62・68・63・66」、トータル「259」、実に29アンダーの世界新記録樹立。加えて1945年には年間優勝回数19回、3年間にわたって連続116試合、賞金を得ている。ベン・ホーガンでさえ56回で中断したのだから、途方もない記録といえる。

1946年には、「この試合に勝って引退したい」と、全米プロに意欲を燃やしたが体調すぐれず、ベスト4に残るのが精一杯だった。引退後は指導者として評価が高まるばかり。とくにアップライトなワンピース・スウィングと、左サイドのリードで膝を柔らかくスライドさせる近代的打法は「アメリカの宝物」と呼ばれ、トム・ワトソンをはじめ多くの若者が弟子入りした。

当然のこと、ここまで奥義を極めた人物だけに、温和な表情とは裏腹に寸鉄人を刺す言葉がボソッと飛びだす。

「言い訳は、進歩の最大の敵だ」

「すぐにクサる人がいる。結局、彼は実社会でも成功しないだろう」

「2種類のゴルファーがいる。生活のために収入を得る者と、楽しみのために支出する者だ。ゆえにアマがプロの真似をするのは理に反する」

「いいゴルファーは、フィニッシュでよろけない」

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歴代最多ツアー84勝を誇るサム・スニード...
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おとなの週末Web編集部 今井
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