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正面玄関のど真ん中に金屏風!

はたして三省堂本店にうかがうと、たちまち7階の応接室に通された。テーブルの上には徳間書店の出版にかかるわが著書、『プリズンホテル』シリーズ3巻、『地下鉄(メトロ)に乗って』1巻、つごう4巻の上製本が山のごとく積まれているではないか。

通常私の著書は、五十音順に並べられた棚の「赤川次郎」と「伊集院静」の壮大なコレクションの谷間に、ごくひっそりと、一輪の百合の花のごとく咲いている。てめえの本が世の中にまだそんなにあったのかと、あらぬ感動をした。

とりあえずその応接室で、山のごとき書物にサインをした。こんなにサインしちゃっていいのかなあ、というのが口にせぬ実感であった。すでに照れていた。

サインを終えたとたん、色紙を5枚も差し出された。おそろしいことに、揮毫(きごう)である。

私はあわてふためき、「勇気凜凜」とか「一攫千金」とか「直線一気」とか、わけのわからんことを書いた。

これで無事終わった、と思った。ところが冷汗を拭う間もなく「ではそろそろ会場の方へ」と言われ、スッと気が遠くなった。要するに私がサイン会そのものだと思っていた応接間は、実はほんのプロローグだったのである。

思考停止の私を乗せて、エレベーターは階下へと降りて行った。途中のフロアで止まれと念じたが、扉が開いたのは午後のお客様でごった返す1階であった。

あろうことか正面玄関のどまんなかに椅子とテーブルが置かれている。誰が座るのか知らんが背中には金屛風が立ててあり、早くもフラッシュなんぞが焚かれ、店員さんがマイクで整列を呼びかけたりしているのである。

私が含羞のために失神、もしくは失禁しそうであったのは言うまでもない。そんな私を追い討つように、店内放送が私の名を連呼する。

〈ご来店中のお客様に、サイン会のお知らせをいたします。ただいま正面玄関において……〉

やめてくれ、と私は切に希(ねが)った。

〈──プリズンホテルシリーズで有名な……〉

有名じゃない。

〈──昨年度吉川英治文学新人賞……〉

新人だけど、四十肩だ。

〈──浅田次郎先生のサイン会を……〉

先生じゃない。さんと言ってくれ。

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誠実そうな若者のひと言に指が止まった...
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おとなの週末Web編集部 今井
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