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このまま行けば知れ切った共倒れ

考えてみれば、これは作家の経済学からしてもまことに非合理的なのである。ゲラが終われば本が出る。ゲラが同時に終われば本も同時に出る。5冊がいっぺんに出てしまったら、本屋さんだってすべてを平積みにしてくれるわけはない。

第一、私の本を5冊もまとめて買って下さる奇特な読者はいないだろうし、ちなみに代金の合計は7千数百円、へたすりゃ8千円を超える。そんな大金を払うのは私だってイヤだ。

かくてわが著作は、このまま行けば知れ切った共倒れとなる。ペース配分の悪さはともかく、これが働き過ぎた結果だと思うと、愚かしさにあきれる。

悲劇を回避する方法はただひとつ、発売日をなるたけずらしてもらうしかないのであるが、私の担当編集者はおしなべて武闘派なので平和的な解決を望まず、談合などしてくれるはずはない。

だとすると私から頭を下げて発売日を変更してもらうしかないが、常ひごろから路上バックドロップを決めたり、回し蹴りや頭突きをくれている都合上、無理は言いづらい。

と、この愚かしい悩みをさる武闘派作家に打ちあけたところ、彼はみなまで聞かずにこう答えた。

「カッカッ、そんなのカンタンじゃないの。ゲラを返さなけりゃいいんだよ。ウンウンうなって、まだできない、まだまだ、って言ってりゃ」

なるほど、ゲラを戻さなければ本が出版されるはずはない。

「なあんだ、そうか。カンタンだねえ」

とは言ったものの、いざ帰宅して書斎に入れば、堆(うず)たかく積み上がった神聖なゲラの山を前にして、決心は萎えた。

あんがい気が弱いのか、あんがい律義者なのか、嫁に行きたがっている娘に親の都合でしばし待てなどと言うのは、人の道に外れるのではなかろうかと悩んだ。

兄弟姉妹が多いのだからおまえはしばらく嫁に行くな、などということは、親として口がさけても言えぬ。どうしても言えぬ。

そこでついに肚はらをくくり、とりあえずこちらの事情を各編集者にご説明申し上げ、少しずつ発行日をずらしていただくという各個交渉に成功した。順序はカンタンであった。無理を言いづらい順、すなわち私がいじめた順に出版すればよろしい。

第1番ポールポジションは、当然『勇気凜凜ルリの色②四十肩と恋愛』である。何となれば、かつて私はこの本の担当編集者を万里の長城から突き落とした。

第2番は『プリズンホテル春・完結篇』である。何となれば、かつて私はこの本の担当編集者を画廊に連れて行き、引っ越し祝と称して法外な価格の絵を彼のツケで持ち帰った。

第3番は講演録&バクチ指南書『勝負の極意』。何となれば、世にも珍しき体育会系編集者である彼は、過去4年にわたり私のサンドバッグであった。

第4番の『活動寫眞の女』と第5番の短篇集『鉄道員(ぽっぽや)』はともに女性編集者で、この順序はもちろんセクハラの数である。ただしこの2冊は4月刊行と遅くなってしまうので、その埋め合わせと言っては何だが、念入りに化粧をいたそうと思う。

さて──日ごろと少々タッチのちがう本稿をここまで読み了えて下さった読者の皆様に、なぜ今回はタッチがちがうのかというタネ明かしをしておこう。

ただの宣伝である。

(初出/週刊現代1997年2月1日号)

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『きんぴか』『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『日輪の遺産』『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

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おとなの週末Web編集部 今井
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