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アメリカ人のあまりの肉好きに頭を痛めた菜食主義者たち

「アメリカ菜食協会」の中には、実業界の大物が少なくなかった。彼らはどうしたら菜食を広くPRできるか、その研究に11年を要したといわれる。なにしろ1食に牛肉を500グラム平らげる国民を相手に、

「平和主義者はみんな菜食です」(1917年のスローガン)

「菜食は健康と長寿を約束する」(同、1919年)

「あなたは殺し、食べている」(同、1921年)

といったキャンペーンを展開してみても、さっぱり効果があがらない。それどころか菜食主義者は「不能野郎」呼ばわりをされたりした。

例の「キャベツが子供を産んだ」というアメリカの諺は、あり得ないことが起こった、の意味で、このころ子持ちの菜食主義者に対して使われた軽蔑語がそもそもの発祥である。

そのアイデアマンの名前はブラウンとしかわかっていないのだが、彼がある日の会合の席でポパイの原案を協会員に語ったのだ。

「世間は菜食のわれわれにスタミナがないと信じ込んでいる。そこで野菜にだって爆発的なパワーがあることを多少極端にアピールしてみるべきだ。それには何といっても大衆がよろこぶマンガにして、主人公の危機を野菜のスタミナが救うというストーリーにしたらどうだろうか」

やれやれ、ようやくソクラテスから数えて2500年の道のりを越え、いくつかの国と多くの偉人を経由してポパイまで到着したようである。

さっそく菜食協会の大物たちが資金を出し合い、試行錯誤の末に世紀の大ヒット「ポパイ・ザ・セーラーマン」が誕生した。はじめはポパイにキャベツを食べさせようとしたらしいが、キャベツではもう一つ迫力に欠けるので「SPINACH」の缶詰になった。それはいいとして、マンガが上映されるやいなや全米の食料品店に老若男女が押し寄せて、

「ホウレン草の缶詰は置いてませんか?」

という騒ぎになった。あわてたメーカーはホウレン草の缶詰を作ろうとしたが、これほど缶詰に不適当な野菜も珍しく、すったもんだの末にようやく混合野菜のスープ煮みたいなものが売り出された。いまの野菜ジュース缶のハシリである。

(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)

『美食・大食家びっくり事典』夏坂健(講談社)

夏坂健

1934(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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Adobe Stock(トップ画像:zeenika@Adobe Stock)

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おとなの週末Web編集部 今井
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