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3人とも強固な連帯を特徴とする団塊の世代であった

書斎に戻り、彼らはどうして死んでしまったのであろうと考えた。

企業経営者は軍人ではなく、小説家でもない。つまり社長さんの自殺は、たとえどのように切迫した事情、絶望的な状況にあろうと、大義のかけらすらない敗北なのである。死のあとに栄光や名誉はなく、死によって美化され完結するものは何もない。しかも、困る人が多すぎる。

彼らの年齢は51歳と49歳。事業家としては将来に再起の夢をかけられぬ年齢ではない。おそらく年頃の子供もいるであろうし、悲嘆にくれる親も存命であろう。たとえどのようないきさつがあったにせよ、大の男が3人もうち揃って首をくくるだけの正当な理由にはなるまいと私は思った。

団塊(だんかい)、という言葉が私の頭をかすめたのは飛躍にすぎるであろうか。私よりいくつか年長の彼らは、団塊と呼ばれる世代に属していた。本誌の読者にも、この年代のかたはさぞ多かろうと思う。

昭和26年生まれの私たちには、この団塊に属する兄や姉を持つ者が多かった。ちなみに私の兄も昭和23年生まれのネズミ年、つまり3人の社長のうちの2人と同じ49歳である。

戦地から復員してきたオヤジが、一服ついたところで子供をこさえた。これが「団塊」である。おおむね昭和22年から24年に出生した世代がこれに相当し、人口ピラミッドで見ると、まるで塊(かたまり)のように頭数が多いことから、この名がつけられた。

私の同級生にはたいがい、強くて怖いおにいちゃんか、男まさりのおねえちゃんがいた。

食い物のない時代に生まれ、長じては1クラス70人というサバイバル・ライフを運命づけられた彼らは、みな強く、たくましかった。

一方、わずか数年のちがいとはいえ、朝鮮戦争の特需景気のさなかに生まれ、高度成長とともにのほほんと育った私たち二男坊世代は、おしなべて闘争心に欠け、変にやさしいやつが多い。

つまり私たちは学校でも職場でもビジネスでも、量質ともに圧倒的な団塊の兄たちにはてんでかなわず、常に屈服し、支配され続けてきたのであった。

パワフルな22年生まれのイノシシ。勤勉で働き者の23年ネズミ。タフで強情な24年のウシ。高島易断の運勢を繙(ひもと)くまでもなく、彼らはみな私たちにとって、強くて怖いおにいちゃんであった。

彼らはクラブ活動やサークルを牛耳(ぎゅうじ)って黄金時代を築き、学園闘争では常に主導権を握り、めくるめくバブル時代の主役になった。

ところで――景気が低迷し、すべての営みが攻めることより守ることに変質してしまった今日、何となく彼ら団塊の影が薄くなったように感じるのは私だけであろうか。いやたしかに、華々しい時代を背負っていた兄貴たちは近ごろ目立たなくなった。さまざまの職場でも、この現象は如実に現われているのではなかろうかと思う。

仲良し社長3人の心中事件に、世代の特性を考えるのは邪推(じゃすい)かもしれない。団塊の彼らはたしかに質量ともに他の世代を圧倒していたが、彼らは実はその質量ゆえの強固な連帯によって世代の実力を発揮するという、ふしぎなメカニズムを持っているのではなかろうか。

51歳と49歳の3人の社長は、それぞれ自動車用品の製造、卸、小売の事業を営んでいた。商売上はたしかに一蓮托生(いちれんたくしょう)の仲と言ってもよかろう。しかし「一蓮托生の仲」と「刎頸(ふんけい)の交(まじわり)」の区別がつかなかったところに、この想像を越えたカタストロフィーは起こったのではないか、という気がしてならない。

私たち高度成長世代は、個人の突出こそが成功であると定義する。徒党を組むことを嫌う。しかし団塊の兄たちは、連帯の力によって成功をめざす。たがいにそういう世代のメカニズムを持っている。

弟分の口から言うのもおこがましいが、それはないだろうと私は言いたい。たとえどのような連帯の輪の中にあっても、命だけは他人のものではあるまい。

名馬アイネスフウジンは、2400メートルのダービーを一気呵成(かせい)に逃げ切った。目のさめるような単騎逃げであった。

オーナー、それはないだろうと、アイネスフウジンは呟(つぶや)いているにちがいない。

(初出/週刊現代1998年3月21日号)

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『きんぴか』『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『日輪の遺産』『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

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おとなの週末Web編集部 今井
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