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トヨタ車のトップではなくなったクラウン

デビュー時は景気が後退し始めていたが、クルマの開発期間は当時4~5年かかっていたため、9代目クラウンの開発がスタートしたのは遅くてもバブル直前。そのため、開発費をふんだんにかけた贅沢な作りとなっていた。これは9代目クラウンに限らず、同時期に登場したほとんどの日本車に言える。

9代目クラウンについて言えば、クラウンを取り巻く環境の変化は無視できない。1989年にトヨタは初代セルシオをデビューさせた。トヨタの上級ブランドとして北米で販売を開始したレクサスのフラッグシップサルーンのLSのトヨタ版だ。つまり、初代セルシオの登場によりトヨタ車のヒエラルキーの頂点に君臨していたクラウンがフラッグシップでなくなったのだ。ただクラウン至上主義という人は一定数いたため賛否あった。

1989年にデビューした初代セルシオ。V8搭載の高級セダンの出来のよさに世界が騒然

上級モデルとスポーツセダンを追加

そんななか、トヨタは9代目クラウンをデビューさせるにあたり、ラインナップを増強させた。”通常の”クラウンの4ドアハードトップ(詳細は後述)は当然のこと、セルシオと従来のクラウンの間を埋める高級セダンとしてクラウンマジェスタ(初代)を設定。バブル景気、日本人の上級志向などもありトヨタは必要と判断。マジェスタはバブル期に開発されただけあってクラウンの名に恥じない高級モデルで、存在感は抜群だった。ロイヤル系にはないマジェスタ専用の豪華装備も多数あった。しかし2代目以降は、ユーザーの目にはマジェスタが中途半端に映り、徐々に存在感を失っていった。

クラウンシリーズの最高級モデルとして追加されたマジェスタ

さらにトヨタは9代目クラウンの派生車としてブランニューモデルの初代アリストを同時に登場させた。国際基準をもとに開発されたトヨタ初のスポーツセダンだ。イタリアデザイン界の巨匠のひとり、ジウジアーロがデザインしたエアロフォルムをまとったデザインは日本車にない肉感的な迫力、美しさを持っていた。

9代目クラウンとコンポーネントを共用する初代アリストはスポーツセダン好きの心をつかんだ

クラウンの伝統を継承

メインモデルである標準クラウンは伝統の継承とチャレンジさが同居。クラウン=保守的というイメージを覆したモデルでもある。

クラウンは3代目からペリメーターフレームを採用

まず保守的という点では、フレーム構造の継承というのが挙げられる。クラウンは初代以来フレーム構造を採用してきた。初代はラダーフレーム(梯子型)、2代目ではX字型の補強メンバーを追加したX型フレームに進化させ、3代目はさらに剛性確保のためフロアの外縁部にフレームを通したペリメーターフレームを採用。軽量化とボディ剛性確保を両立したボディとシャシーを一体とするモノコック構造が主流になってもこのペリメーターフレームにボディを架装する手法を採用してきた。トヨタは効率よりもクラウンとしての重厚な乗り心地、剛性確保に必要と判断していたから。

追加となったクラウンマジェスタ、アリストがモノコック構造を採用していたのに対し、9代目クラウンは従来どおりペリメーターフレームを踏襲。この点は特筆で、技術的に後退したのではなく、トヨタは意図的に伝統を踏襲したのだ。10代目クラウンはモノコックボディとなったため、9代目は最後のフレーム構造のクラウンということになる。

9代目クラウンは最後のフレーム構造のクラウン
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クラウン史上初の全車3ナンバーサイズ
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市原 信幸
市原 信幸

市原 信幸

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