私設の「大勝庵・玉電と郷土の歴史館」が貴重な存在だ
中耕地駅跡から「花みずき通り」をそのまま進んで行くと、歩道が少しが拡がりを見せたあたりに砧線をモチーフにしたモニュメントが散見される。砧線の電車が描かれたマンホールの蓋が4か所、古レールを使用した歩道柵のほか石碑や道標がそれである。残念なことに道路柵に見られる古レールは、砧線のものではないという。
このあたりの歩道は「砧線跡歩道」と名付けられ、1989(平成元)年に整備された。砧線があった当時は、二子玉川方向を正面に見て向かって右側(歩道側)から、線路より一段低い位置に谷戸川(やとがわ/分水路)が流れ、線路敷、道路、住宅といった配置になっていた。今に見る線路敷は、歩道と道路との境目あたりに位置していたようだ。
砧線を語るうえで外せないスポットが、この周辺にあるという。それは、「大勝庵・玉電と郷土の歴史館」だと教えられた。砧線跡歩道から一つ多摩川寄りを走る「中吉通り(なかよしどおり)」沿いに、その私設資料館はあった。砧線跡歩道にあるコンビニの脇の道から中吉通りに出て、右にしばらく歩いたマンションの1階に、その入口はあった。
名前に大勝庵と冠してあるとおり、元々は”そば店”だった。館長の大塚勝利さんは、三軒茶屋(世田谷区)の蕎麦店で修業し、砧線が廃線となるころにこの地に居を構え、「そば処・大勝庵」を開業した。いつの頃からか、その店内には「玉電」に関する部品やグッズなどを展示するようになった。玉電マニアの間では、一躍有名なお店となった。
大塚さんいわく、鉄道にはまったく興味がないそうで、ただ郷土の歴史としての砧線や玉電のことを語り継ぎたいという思いから、玉電部品のコレクションをはじめたのだとか。ついには、東急電鉄から本物の玉電車両の運転台やパンタグラフまで譲り受けてしまった。
そば店は、2011(平成23)年に閉店したが、翌年からは小さな私設資料館として再出発し、今日を迎える。今でも館内には、ところ狭しと玉電ゆかりの部品類をはじめ、郷土の品々のほか昭和のレトログッズなどが展示される。その収蔵品の数は、優に2千を超えるという。建物の外にも、玉電車両のパンタグラフや砧線で実際に使われていた“鉄道さくがき”の一部などがあり、目を引く。
大塚さんは「出会いを大切に」がモットーだといい、貴重な玉電のことや、二子玉川周辺地域に関する昔ばなしや地元らなではの秘話など、いろいろとお話しをしてくださった。もちろん、砧線の廃線跡についても大変お詳しかった。そんな世田谷ロマンあふれる「大勝庵・玉電と郷土の歴史館」へ、ぶらり立ち寄ってみてはいかがだろうか。
【施設情報】大勝庵・玉電と郷土の歴史館、住所/世田谷区玉川3-38-6第二玉川グランドハイツ1階、開館日/火・木・土・日(臨時休業の場合あり)、開館時間/10時~15時、入館料/無料、電話/080-1227-6158※開館時間内のみ受付。












