砧線の開業時は町田川と呼ばれていた野川
吉沢駅の先には、野川と呼ばれる東京都国分寺市を水源として二子玉川で多摩川に合流する一級河川が流れている。この川は、砧線が開業したころは「町田川」と呼ばれ、川を越える橋梁は、「町田川橋梁」と呼ばれていた。
開業当初の橋は、小さな桁3連と大きな桁(長さ約11m)と小さな桁12連をつなぎ合わせた44mの橋であった。その後、時期は不明ながら、大型の下路式プレートガーター橋に架け替えられ、廃線まで使用された。砧線の廃止後は、道路橋として世田谷区に移管され、橋の桁の位置を川面側に下げて道路橋(新吉沢橋)へと転用し、昭和の終わりごろまで使用された。
その後に行われた野川の護岸改修の際に、新しい橋へと架け替えが行われ、砧線の旧橋梁は撤去され姿を消した。現在の吉沢橋は、野川の河川改修によって2007(平成19)年に周囲にあった橋(吉沢橋と新吉沢橋)を統合して新しく架け替えられた三代目となる橋で、玉電の廃線跡をなぞるように架けられている。橋上に設けられた下流側の歩道上には、玉電の橋梁があったことを記した石碑とともに、橋の欄干には玉電のレリーフが設置されている。






