ライバルのクラウンは堅調
日産の渾身の一台だったY34セドリック/グロリアのデビュー時に発表された月販目標台数はセドリック3000台、グロリア3000台の合計6000台。それに対し、デビュー後2週間で両モデルを合わせて1万128台、約2か月分を受注して好スタートを切った。両モデルの内訳はセドリック55%、グロリア45%で、両モデルとも3L、V6DOHCターボのトップグレードが一番人気と日産の思惑どおりだったが、その人気は長続きしなかった。 。
大前提として1990年代後半、つまり20世紀末はセダン受難だった。実際に1980年代には飛ぶように売れていたマークIIブラザーズも苦境にあえいでいた。しかし、セドリック/グロリアの最大のライバルであるクラウンは堅調に売れていたためセダン受難は要因のひとつであっても最大のものではない。
チャレンジングなデザインが仇!?
もともとセドリック/グロリアはトヨタクラウンの対抗馬として日産、プリンスが登場させたということもあり、歴代モデルとも日産のフラッグシップセダンとしてクラウンと比較されてきた。4代目(クジラクラウン)、クラウンらしくない丸っこいデザインの11代目はともにデザインが不評でクラウンが自滅したこともありセドリック/グロリアが勝利した形となったが、総じてクラウンが販売で圧倒。
クラウンと同じ路線ではダメ、ということで斬新なデザインを与えてみたものの、保守的な層が支持するクルマだけに、刺さる人には刺さったが、好みが大きくわかれ購入を回避する人は少なくなかった。エクステリアデザインは日産のチャレンジングな姿勢の象徴だったが、思ったほど受け入れられなかった。自動車評論家、クルマ好きからはデザインの評価が高かったが、実際にクルマを購入する層からの支持が得られなかったのが残念。
セドリックとグロリアは単なる姉妹車ではない
これは筆者の個人的な見解だが、販売苦戦した最大の要因はセドリック=ラグジュアリー、グロリア=スポーティと固定したことだと考えている。セドリックとグロリアはコンポーネントを共用する姉妹車ではあるが、前述のとおりセドリックは日産、グロリアはプリンスと出自が違う。単なる販売店違いの姉妹車とは重みがまったく異なる。日産もグロリア足のセドリック、セドリック足のグロリアをパッケージで用意していたが、それではオーナーを満足させられなかったのだろう。セドリックからグロリアに乗り換える、またはその逆というのはあまり聞いたことがない。セドリックのスポーツ仕様が欲しい、グロリアのラグジュアリー仕様が欲しい人にとっては不満だったはずだ。






