「蒸気機関車」に敬礼!
1943(昭和18)年の夏ごろ、宮内省を通じて昭和天皇から鉄道省へ「青銅でできた花瓶」が下げ渡された。軍事輸送を担う鉄道職員のモチベーションを高める意図もあったのであろうか。戦意高揚が叫ばれた時代のことである。鉄道省は、この花瓶を溶かしてSLの部品に加工し、製造中のD51形・蒸気機関車に取り付けるように命じた。
そもそも、蒸気機関車は石炭の火力でボイラーの中の水を沸騰させて蒸気をつくり、その蒸気が膨張する力を利用して車輪を動かしている。その蒸気の圧力を調整する弁を「安全弁」といい、この安全弁こそが昭和天皇から「御下げ渡し」された“青銅花瓶”を溶かして他の材料とともに用いて造られたSLの部品というわけだ。
安全弁そのものは、SLの胴体にあたるボイラーの上部に取りつけられた砲金製(銅と亜鉛の混合物)の高さ40センチ、直径12センチほどの円筒形をしたカタツムリの角のような部品で、昭和天皇から下げ渡された青銅花瓶を溶かして造られた部材は、その中に組み込まれた「弁」の一部となった。御下げ渡し品を使用したものかどうかは、どのデゴイチも同じ形をした部品が取り付けられているため、外見上は見分けがつかない。しかし、帳簿上の記録には1943(昭和18)年に製造された12両のデゴイチに取り付けられたとあった。
この誉れ高きデゴイチは、民間のメーカー5社(三菱重工、汽車会社、日本車輛、川崎車輛、日立製作所)で製造された10両と、鉄道省の蒸気機関車製造を担った直営工場である鷹取工機部と浜松工機部で各1両の計12両が存在した。この“特別なデゴイチ”に乗務する機関士らは、運転する前には機関車に向かって“敬礼”を行ったという。当時の職員にとっては、士気高揚につながる名誉ある蒸気機関車だったのであろう。




