「おとなの週末Web」では、食に関するさまざまな話題をお届けしています。「『食』の三択コラム」では、食に関する様々な疑問に視線を向け、読者の知的好奇心に応えます。今回のテーマは「壊血病(かいけつびょう)」です。 文:三井…
画像ギャラリー「おとなの週末Web」では、食に関するさまざまな話題をお届けしています。「『食』の三択コラム」では、食に関する様々な疑問に視線を向け、読者の知的好奇心に応えます。今回のテーマは「壊血病(かいけつびょう)」です。
文:三井能力開発研究所代表取締役・圓岡太治
壊血病は、ある栄養素が不足すると発症する
15世紀から17世紀の大航海時代、長期間にわたって海に出ていた船乗りたちの間で、ある病が流行り、多くの命が失われました。この病気にかかると、歯肉や粘膜、皮膚など体のあらゆるところから出血しやすくなり、最終的には死にいたります。「壊血病」です。
当時、死亡した船乗りは一説では推定200万人ともいわれます。インド航路を開拓したポルトガルの探検家ヴァスコ・ダ・ガマは1年近くの航海を経て、1498年にカルカッタに到着しますが、160人いた乗組員のうち約100人が壊血病で命を落としたそうです。海賊よりも恐れられたというその病気は、ある栄養素の不足で起こることが後に判明しました。不足していた栄養素とは、次のどれでしょうか。
(1)タンパク質
(2)ミネラル
(3)ビタミン
20世紀になって原因が判明
答えは、(3)「ビタミン」です。壊血病はビタミンCの不足により起こります。
大航海時代には、まだビタミンの存在は知られていませんでした。18世紀に入っても状況に変化はなく、各国の海軍も壊血病の発生に悩まされていました。18世紀半ばに英国海軍の軍医だったジェームズ・リンドは、壊血病の患者が下級船員に多く、士官クラスには少なかったことに着目し、食事の違いに原因があると見当をつけます。
そして、比較実験を行い、柑橘類(オレンジやレモン)が予防・治療に効果があることを突き止めました。ところが、その根拠が明確でなかったことや、レモンの配備に多額のコストを要したことなどから、すぐに対策が取られることはなく、18世紀末に軍医のギルバート・ブレーンの提言で海軍の食事にレモンジュースが取り入れられてから、ようやく壊血病の発症を予防できるようになったのです。
しかし、柑橘類が壊血病になぜ効くのかは長い間分かっていませんでした。1920年になり、英国の生物学者ジャック・C・ドラモンドが、オレンジ果汁から還元性のある抗壊血病因子を抽出し、これをビタミンCと呼ぶことを提案しました。こうして大航海時代以来数百年の時を経て、壊血病の原因がビタミンCの不足だと判明したのです。
壊血病は過去の病ではなかった!
壊血病は、食料事情が悪く、しかも病気の原因も分かっていなかった数百年も過去の時代の病気で、新鮮な食べ物が豊富な現代の先進国では起こらないだろう、と考えられがちです。ところが、壊血病患者の発生は、毎年報告されています。
2008年のアメリカで見つかった壊血病患者は、喫煙習慣があり、食事は電子レンジで加熱調理できる冷凍食品の詰め合わせパック、スープ、野菜の缶詰などで、新鮮な野菜や果物はほとんど食べていませんでした。来院時には足に大きなあざがあり、呼吸困難に陥っていたそうですが、1日1gのビタミンCを投与したところ、2週間後には完全に症状がなくなったそうです。
2002年に日本で報告された壊血病患者は、慢性腎不全のため長期間食事制限の指導を受けており、新鮮な野菜や果物をほとんど摂っていませんでした。腎臓の移植手術を受けたのですが、症状は一向に良くならず、体中から出血し、悪化していきました。血液検査でビタミンCの血中濃度が極めて低いことが判明し、1日1gのビタミンCを投与したところ、数日で症状が治まり回復したそうです。
近年の日本では、糖尿病などの生活習慣病が増え、食事制限の指導を受ける患者が増加していますが、食事量を減らすことのみに重点を置くと、必要な栄養素が不足してしまいます。アルコール中毒者、ヘビースモーカー、一人暮らしのお年寄りなど、新鮮な野菜や果物を十分に摂取していないと、ビタミンCが足りない状態に陥っていることもあります。
イヌやネコなど多くの動物はビタミンCを体内で合成できます。しかしヒトやサルなどの霊長類は体内で合成することが出来ず、食物から摂取しなければなりません。壊血病にまでならなくとも、バランスの悪い食生活などで、知らず知らずのうちに慢性的にビタミンCが不足している可能性もありますので、注意が必要です。
(参考)
ビタミンCの真実(東京都健康長寿医療センター研究所)
https://vit-c.jp/vitaminc/vc-08-2.html