天皇家の食卓

ご結婚30年 雅子さまの心をつかんだ勝負料理 

皇居東御苑の木々

30年前の1993年6月9日、浩宮さま(現・天皇陛下)と雅子さまはご結婚された。お二人は皇居・宮殿から赤坂の東宮御所まで約4.2キロメートルをオープンカーでパレードし、沿道には約19万人もの国民が詰めかけて祝福した。 花…

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30年前の1993年6月9日、浩宮さま(現・天皇陛下)と雅子さまはご結婚された。お二人は皇居・宮殿から赤坂の東宮御所まで約4.2キロメートルをオープンカーでパレードし、沿道には約19万人もの国民が詰めかけて祝福した。

花びらのようなドレス

雨上がりの明るい日差しの中、バラの花びらのようなドレスに身を包み、はにかんだような笑顔を見せて小さく手を振る雅子さまの姿に日本中が魅了された。美智子さまに続く、民間から天皇家に入った皇太子妃の誕生である。

振り返れば1959年春、美智子さまは初めて民間から皇太子妃となり、国民はミッチーブームに沸いた。明仁親王(現・上皇陛下)と美智子さまは、ともに避暑に訪れていた軽井沢のテニスコートで試合相手として出会う。「テニスコートの恋」としてあまりにも有名になるロマンスは、その後、紆余曲折を経て実を結ぶことになる。

テニスコートの恋

求婚に悩み揺れる美智子さまの心をつかむ決め手になったのは、明仁親王からの粘り強い電話作戦だった。

美智子さまと同じ民間の女性として、雅子さまも浩宮さまからの求婚にとまどわれた。外務省に勤務し世界を仕事場として活躍する雅子さまは、キャリアをすてて天皇家に入る決心が容易にはつかなかった。

そんな雅子さまの心を射止めるために、浩宮さまがもてなした勝負料理が一役買っていたという。今回は、雅子さまのご婚約のころの物語である。

北桔橋(きたはねばし)門から平川濠を望む

最初の出会いはスペイン王女の歓迎会

浩宮さまと雅子さまが初めての出会ったのは、1986年10月に東宮御所で行われたスペイン王室のエレナ王女(当時)の歓迎会だった。当時、雅子さまは、超難関の外交官試験に合格したばかりの外交官の卵であり、エレナ王女と同じ年頃の女性として、両親とともに招待されていた。

「合格してよかったですね」

雅子さまに声を掛けた浩宮さまは、このとき26歳。出会いの日から、浩宮さまは雅子さまに心惹かれていった。その後、雅子さまの英国オックスフォード大学への留学などがあって途切れたが、雅子さまの帰国とともに浩宮さまとの交流が再び持たれるようになっていった。

“謎のお客さま”へのスペシャル料理

浩宮さまと雅子さまが、たびたび会うようになったころのことである。皇太子付きの職員から、赤坂仮御所の調理を担当する大膳(だいぜん)にプライベートなお客さまへの料理のリクエストが入った。

「皇太子殿下とお客さまの二人だけの食事です」

と言う。しかし、そのお相手が誰なのか、男性なのか女性なのかも伝えられない。しかも「中国料理で」というリクエストなのだ。中国料理のコースなら、お好きなものだけ召し上がっていただける、という浩宮さまらしいお心づかいが感じられた。公務ではないプライベートの食事は、通常の食費から賄われる。経費を考慮したふだんに近いメニューを提案したところ、「内容をもう少し検討してほしい」と差し戻されてしまう。

大膳の人々は驚いた。それまで、浩宮さまが大膳の作ったメニューに注文を付けたことなどなかったからだ。大膳には「これはよほど特別なお客さまなのだ」と緊張が走ったという。そこで、メニューをグレードアップした内容に変更した。

本丸跡の芝生

そのメニューは、前菜の盛り合わせ、スープ、フカヒレの姿煮込み、牛肉のオイスターソース炒め、伊勢海老の淡雪炒め、チャーハンにデザートをつけたものだった。

皇太子付きの職員からの承諾も得て、おもてなしの日はこの料理をお出しすることになった。

ところが当日になっても、お客さまが誰なのかわからない。けれども、なにか胸躍るような予感がして、大膳の人たちはいつにも増して気合いを入れて調理したという。

フカヒレは大きく肉厚で触感のよいものを選び、でも味付けはスタンダードに。伊勢海老は青菜をさっと湯通ししてから手早く炒めて上湯スープに入れ、泡立てた卵白を勢いよく溶かし込んだ淡雪仕立てに――。

大膳の人々が心を込めて調理した料理が、期待と緊張を乗せて運ばれていく。やがてすべてのお皿がきれいになって下げられてきた。ご満足いただけたらしいと安堵はしたものの、結局お客さまが誰なのかはわからなかった。

やがて1992年10月、浩宮さまは千葉の宮内庁新浜鴨場で雅子さまにプロポーズ。この「鴨場のプロポーズ」から2カ月後の12月に、雅子さまは結婚をお受けしたのである。出会いから6年余の月日が経っていた。

そののち、ご結婚されて皇太子妃となった雅子さまは、赤坂仮御所での美味しい「勝負料理」のお礼を、大膳に直接お伝えになったのである。(連載「天皇家の食卓」第6回)

皇居東御苑の木々

文・写真/高木香織
イラスト/片塩広子

参考文献/『御即位5年 ご成婚30年 新しい時代とともに――天皇皇后両陛下の歩み』(宮内庁侍従職特別協力、毎日新聞社)、『天皇皇后両陛下の80年 信頼の絆をひろげて』(宮内庁侍従職監修、毎日新聞社)、『皇后美智子さま すべては微笑みとともに』(渡辺みどり著、平凡社)、『美智子皇后と雅子妃 新たなる旅立ち』(渡辺みどり著、講談社)、『殿下の料理番 皇太子ご夫妻にお仕えして』(渡辺誠著、小学館文庫)

高木香織
たかぎ・かおり。出版社勤務を経て編集・文筆業。皇室や王室の本を多く手掛ける。書籍の編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『美智子さまから真子さま佳子さまへ プリンセスの育て方』(ともにこう書房)、『美智子さまに学ぶエレガンス』(学研プラス)、『美智子さま あの日あのとき』、カレンダー『永遠に伝えたい美智子さまのお心』『ローマ法王の言葉』(すべて講談社)、『美智子さま いのちの旅-未来へ-』(講談社ビーシー/講談社)など。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(共著/リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)。

片塩広子
かたしお・ひろこ。日本画家・イラストレーター。早稲田大学、桑沢デザイン研究所卒業。院展に3度入選。書籍のカバー画、雑誌の挿画などを数多く手掛ける。

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