乾茸と生肉しか口にしなかった豪傑
遠征には大量の乾茸が用意された。当時コンラート2世が書いた家庭療法のバイブルの中に、
『キノコには不可思議な治癒力と回春力がある』
と述べた箇所もあり、十字軍でも負傷者と病人に最優先で乾茸を配給していた。しかし茸類が強精に役立つところから、兵士たちは仮病を使って乾茸を手に入れ、せっせとハケ口を専用馬車に求めていた。現在でもサルノコシカケの抗ガン効果を信奉する人は少なくない。
十字軍の勇士の1人で、遠征の途中で遭遇したマジャール人、ブルガール人らを蹴散らし、叩きのめし、最後にコンスタンチノープルでトルコ軍に殺されてしまった豪傑ボムヘデルは、乾茸と生肉以外は口にしないことでも有名だった。
この2品だけの食事で、彼は自分専用の20人の売春婦をつれ歩いたものだった。
ボムヘデルが大声で、
「おオい、ウチの者ども!」
と叫ぶや、たちまち20人もの美女がわらわらと身辺に走り集まったというから、なんとも豪勢な話である。ためしにご自宅でボムヘデルの真似をしてみるのはご自由だが、猫の子一匹寄ってこなかったとき傷つくから、まあおよしなさい。
日に6度交わり、同じく日に6人の敵を殺した彼のスタミナが乾茸にあるという噂が広まると、11世紀の男たちはキノコ・ブームにとりつかれてしまった。われもわれもの茸狩りが各地で展開されたようだが、毒茸でいのちを落とす人間の数も厖大なものだった。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1936(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。