カキが旨い季節がやってきた。衣はカリッと身はジューシーなカキフライ、セリがたっぷり入ったカキ鍋、炊きたてのカキご飯。茹でたカキに甘味噌をつけて焼くカキ田楽もオツだ。カキ漁師は、海で採れたてのカキの殻からナイフで身を剥いて…
画像ギャラリーカキが旨い季節がやってきた。衣はカリッと身はジューシーなカキフライ、セリがたっぷり入ったカキ鍋、炊きたてのカキご飯。茹でたカキに甘味噌をつけて焼くカキ田楽もオツだ。カキ漁師は、海で採れたてのカキの殻からナイフで身を剥いて、海で洗ってそのまま生で食べるのが好みだという。
そんなカキ漁師の旅の本が出版された。『カキじいさん、世界へ行く!』には、三陸の気仙沼湾のカキ養殖業・畠山重篤さんの海外遍歴が記されている。「カキをもっと知りたい!」と願う畠山さんは不思議な縁に引き寄せられるように海外へ出かけていく。フランス、スペイン、アメリカ、中国、オーストラリア、ロシア……。
世界中の国々がこんなにもカキに魅せられていることに驚く。そして、それぞれの国のカキの食べ方も垂涎だ。これからあなたをカキの世界へ誘おう。連載第6回「「うまいカキ」を探しに旅立った親子…スペインの「海辺の街」で、息子が思わず漏らした「感動の一言」」にひきつづき、スペインのカキとホタテ貝とサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼者のたどった道を訪ねる旅だ。
漁業協同組合長の船でムール貝の水あげを見学
そのとき、となりのテーブルで、わたしたちの話を聞いていた40歳くらいのちぢれた髪の人が、いきなり早口で話しかけてきました。どうもわたしたちに興味がありそうなので、テーブルに来てもらって話を聞くことになりました。
この人はビクトルさんといい、このべタンソス湾の漁業協同組合長だそうです。
「わたしたちは、日本の北の方のリアス海岸で、カキやホタテ貝の養殖をしているのですが、『リアス』ということばの意味を知りたくてここに来ました」
というと、待ってましたとばかり、しゃべりだしました。
「リア」とは、川が入っている入り江を指すことばで、単に海の波によってけずられた湾は、「リア」とは呼ばないというのです。ここの入り江はリア・デ・べタンソスといって三本の川が入っている、という説明をしてくれました。わたしはビクトルさんに言いました。
「わたしたちは、川の上流の森の大切さに気がつき、漁民による植林をしています」
「それはいいことです。森が裸になると海が死にます」
そこで原田さんに、「森は海の恋人」をスペイン語に訳してもらいました。
「直訳ですが、『エル ボスケ エス ラ ノビア デル マル』でしょうか」
そこで、そのとおりに言ってみました。すると、ビクトルさんはニヤリと笑い、
「ここスペインでも『エル ボスケ エス ラ ママ デル マル(森は海の母さん)』と言っていますよ」
と言うのです。わたしは、ほんとうにびっくりしてしまいました。やっぱり漁師はどこでも、経験的に森が大切だと思っているのですね。わたしたちは思わず握手しました。ここの湾に注ぐ川の上流にはどんな木が生えているか、と聞きました。
「昔、ガリシアは、ロブレとカスターニャという木でおおわれていた。とくにロブレは、船をつくる大切な木で、昔、世界最強の海軍といわれたアルマダ(無敵艦隊)の軍艦もこの木でつくられていたのさ。ガリシアの山も、いまは生長が早く10年ほどでパルプ材として売れるユーカリが多いのだけど、やはりロブレに戻さなきゃ」
ロブレとは、どんな木なのか尋ねると、ビクトルさんは、
「秋になると葉が落ちてしまう、丸い実のなる木です。明朝8時半にここに来れば、ムール貝の水揚げをする船に乗せますよ」
と、誘ってくれたのです。なんという幸運でしょう。はじめの日からこんな幸運に恵まれ、ただ驚くばかりです。
オルバーリャ(小ぬか雨)が森を育てる
翌朝、ビクトルさんがくると出航です。50トンほどのズングリした独特な形の木造船です。とても安定感があります。
筏に着くと、ムール貝の水揚げです。黒いかたまりがつぎつぎに引き上げられ、たちまちムール貝の山になります。それをスコップですくい、大きなステンレスのカゴに入れるのです。
筏に上がって海をのぞくと、黒々としたワカメが波に揺れていました。 ワカメの下をのぞくと、思っていたとおり、魚が大群で集まっていました。クロダイ、アジ、イワシ、スズキなども見えます。
この光景は、わたしが子どものころの三陸リアスの海そのものです。じつにうらやましいかぎりです。息子たちが、
「あんなにいる魚をどうして釣らないの」
と、不思議そうな顔をしているので、ビクトルさんに聞くと、
「ここでは必要以上のものはとらない」
ということでした。
「この湾には、エウメ川、マンデオ川、べレレ川という3本の川が入っている。その養分が植物プランクトンを育て、貝や魚を大きくしているのさ」
そして、「森は海の母さん」といって、片目をつぶって笑いました。わたしはすっかり、お株をうばわれたような気分でした。
雨が降ってきました。霧のような細かい雨です。前ぶれもなく、よく雨が降るのです。
「ガリシア名物オルバーリャ(小ぬか雨)ですよ。これが森を育て、海を豊かにしてくれるんです」
そう言うと、ビクトルさんはゴム合羽を着て、また出漁していきました。
…そう聞いたカキじいさんこと畠山重篤さんは、今度はスペインにある原生林の森に向かいます。到着した森で広がっていたのは圧巻の光景でした。「日本の「カキじいさん」が絶句…旨いカキを探しに旅したスペイン「ロブレの森」でみた「黒々としたもの」の正体」ではその詳細を綴ります。
連載『カキじいさん、世界へ行く!』第7回
構成/高木香織
●プロフィール
畠山重篤(はたけやま・しげあつ)
1943年、中国・上海生まれ。宮城県でカキ・ホタテの養殖業を営む。「牡蠣の森を慕う会」代表。1989年より「海は森の恋人」を合い言葉に植林活動を続ける。一方、子どもたちを海に招き、体験学習を行っている。『漁師さんの森づくり』(講談社)で小学館児童出版文化賞・産経児童出版文化賞JR賞、『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、『鉄は魔法つかい:命と地球をはぐくむ「鉄」物語』(小学館)で産経児童出版文化賞産経新聞社賞を受賞。その他の著書に『森は海の恋人』(北斗出版)、『リアスの海辺から』『牡蠣礼讃』(ともに文藝春秋)などがある。