デザインが地味!!
問題はそのエクステリアデザインだ。先行デビューしたクレスタが角4灯ヘッドライトで精悍な顔で、スポーティなプロポーションで好評だったため、どんなにカッコよくなるのか期待していたが、コンセプトどおり確かに落ち着いてはいるが地味すぎ。個性も感じられず、キラキラ感のないデザインだったので筆者はクレスタ派だった。自動車評論家の片岡英明氏(当時25歳のクルマ好き)に、改めて当時の印象を聞いたところ、「地味でガッカリ」、ということで、若者の多くはそう感じたに違いない。
エンジンは4種類で後にターボを追加
エンジンはガソリンが2.8L、直6SOHC、2L、直6SOHC、2L、直4SOHC2Lの3種類で、2.2L、直4SOHCディーゼルターボ、教習車用にLPG車も設定していた。バリエーションは豊富だったがスポーツタイプのエンジンがないということで、1881年には直6SOHCターボを追加してスカイライン、ローレルの日産勢に対抗。
売りは2L、直6SOHCで世界最高レベルの軽量エンジン(154kg)で燃費性能の高さがセールスポイント。2.8Lは大排気量ながらマイコン制御により低燃費を実現していることも大きなアピールポイントだった。
2.8L搭載モデルと2L、直6搭載モデルにマークIIの上級グレードの称号であるグランデが設定されていた。後に追加された2Lターボ搭載モデルはGTのグレード名が与えられた。あの時代の日本車は数多くの組み合わせのモデルを用意していたが、なんとマークIIだけで43タイプを設定。効率を考えてグレード体系がシンプルになっている今とは大違い。
インテリアは場末のスナック!?
インテリアは今見るとボクシーで古臭いデザインだが、当時は日産の絶壁コンソールに比べるとモダンだと評価されていた。最上級モデルのグランデ系のシートは、アメ車ではやったボタン付きのルーズクッションシートを採用。ホールド感よりも見た目の豪華さと座り心地を重視したフカフカのソファーのようなシートだった。内装材もチンチラ張りのような今思えば、場末のスナックのような雰囲気。正直マークIIに限らずクラウンも当時のインテリアは賛否あったが、この一見豪華に見えるインテリアは好きな人には思いっきり刺さり、上手に虚栄心を煽った。