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中古相場は高値安定

中古の180SXの話題を振ったこともあり、現在の180SXの中古車状況を調べてみた。中古相場はピンキリで、150万~800万円程度といったところで高値安定状態。このクラスのクルマになると、価格=程度と考えていいが、180SXの新車価格はデビュー時は200万円を切るレベル、最終型は250万円程度だったことを考えても高すぎる。タマ数としては常時100台程度が流通している状況だ。

走り好きが乗っていた固体が多いため、ほぼノーマルというクルマはほぼほぼなくて、改造車、チューニング&ドレスアップ車がメインでしかも修復歴のあるクルマも少なくないし、基本は過走行車となっている。最終型でも26年落ちなわけだからこれは仕方ない。あとフロントをシルビアに変更したシルエイティもボチボチ出回っている。

中古車では中期モデル(1991~1993)のタマ数が最も多い

1990年代のジャパニーズスポーツカーが軒並み高騰し、手が届かない存在になっていて、180SXもその一台だ。

年式が年式だけに、トラブルも発生するだろうから購入後にさらにお金がかかること必至。当時を懐かしみ購入を考えているなら、焦らずじっくり探すこと。とはいえ、中古車購入は男女の出会いと同じだから悩ましいところ。

古いだけあって初期型は希少価値あり!!

シルビアがフルモデルチェンジで人気ダウン

S13シルビアがデートカーの頂点に君臨して大人気だったため、180SXは売れていないというイメージを持っている人もいるかもしれない。しかし、当時はシルビアの売れっぷりが異常だっただけ。シルビアが月販4000台平均で売れたのに対し、180SXは1000台レベルと、充分立派な販売をマークしている。バブル崩壊があってもコンスタントに販売したのは、やはりコンパクトFRスポーツというキャラクターが大きい。

その180SXに大きな転機が訪れる。1993年にシルビアがフルモデルチェンジしてS14になったのだが、全幅が1730㎜の3ナンバーサイズとなり大型化。おとなしいエクステリアデザイン、リニアチャージコンセプトという今考えれば素晴らしいが当時はまったく理解されなかった2Lターボエンジンなど諸々の影響でシルビアの人気が凋落。

大型化したボディ、精悍さのないおとなしいデザインが災いしたS14シルビア

シルビアの2代分を生き抜いた

それに対し、180SXはフルモデルチェンジせずに継続販売されたことで、コンパクトさ、わかりやすいパワー感、FRスポーツの操る楽しさという点で180SXが脚光を浴びた。

1996年にはリアコンビ、大型リアスポイラーの採用などエクステリアを変更。さらに、シリーズ初となる2L、直4のNAエンジンを追加するなど魅力アップに努めた。

リアコンビ、大型リアスポイラーが最終型のデザイン上の特徴

180SXは最終的にS14シルビアがS15シルビアに切り替わる1999年1月まで販売が継続された。つまり180SXはシルビアの2代分を生き抜いたことになる。

今でも復活を期待する声の大きい180SX。現在の日産の財政状況、カーボンニュートラルに向けた電動化戦略などを考えると、残念ながら復活する目は限りなくゼロに近い。

当たり前のように180SXが販売されていた時代は戻ってこないのだ。

180SXが当たり前のように売られていた時代はもう戻ってこない

【日産180SXタイプII主要諸元】
全長4540×全幅1690×全高1290mm
ホイールベース:2475mm
車両重量:1170kg
エンジン:1809cc、直4DOHCターボ
最高出力:175ps/6400rpm
最大トルク:23.0kgm/4000rpm
価格:197万円

180SXは2度のマイチェンにより89~99年まで継続販売

【豆知識】
180SXはシルビアに対し全長で70mm長い。さらにリトラクタブルヘッドライト用のモーターなどを搭載しているためフロントのオーバーハング部が重くなることがコーナリング時のネガになると指摘するヘビーなユーザーもいた。その対策として、共通部品を使うシルビアのフロントマスクを移植したモデルが人気となったこともある。シルビア+180SXでシルエイティ。『頭文字D』の名物キャラクターの真子の愛車もシルエイティだ。逆にフロントが180SXでリアがシルビアのモデルはワンビアと呼ばれた。

リトラクタブルヘッドライトによりフロントオーバーハングの重量が増加

市原信幸
1966年、広島県生まれのかに座。この世代の例にもれず小学生の時に池沢早人師(旧ペンネームは池沢さとし)先生の漫画『サーキットの狼』(『週刊少年ジャンプ』に1975~1979年連載)に端を発するスーパーカーブームを経験。ブームが去った後もクルマ濃度は薄まるどころか増すばかり。大学入学時に上京し、新卒で三推社(現講談社ビーシー)に入社。以後、30年近く『ベストカー』の編集に携わる。

写真/NISSAN、ベストカー

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市原 信幸
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