陸蒸気と錦絵
いまから40年前となる1986(昭和61)年のこと。都内のデパートで鉄道100年(東海道本線100周年)を記念した「明治錦絵鉄道展」なる催しが行われた。そこには200点にもおよぶ鉄道をテーマとした錦絵が展示され、描かれる陸蒸気の姿もさることながら、人物や風景など当時の世相風俗に引き込まれる思いで見てまわったことを思い出す。
特に文明開化に代表される錦絵は、その時代の代名詞のごとく「陸蒸気」を描いたものが多い。こうしてみると、鉄道あるいは陸蒸気の存在は“文明開化の象徴”であったに違いなく、その錦絵の数は400にもおよぶとされる。しかしながら、明治期の錦絵は「赤いもの」と呼ばれ、江戸期の錦絵に比べるとあまり評価されなかったようだ。その理由には、色使いのほか、絵の具や用紙が粗末になったことが挙げられるという。
そのような評判のなかでも、滑稽味〔こっけいみ〕あふれる“鉄道錦絵”を描いた有名絵師は、30名を超えた。歌川を名乗った絵師だけでも17名を数え、国輝(二代と三代)、国利、国虎、国政(四代と五代)、国保〔くにやす〕、貞秀、重清、春暁〔しゅんぎょう〕、豊国(四代と五代)、広重(三代)、房種〔ふさたね〕、芳虎、芳村〔芳邨〕、芳雪、がその人である。
江戸時代の伝統技法を受け継いだ絵師たちは、民衆の驚異と好奇の的であった「陸蒸気」とともに、当時の風俗と民衆が驚喜するようすまでを描くというそのさまは、加えて木版刷りの良さも相まって、より印象的な作品として、見るものをとりこにしてしまうのが、錦絵の不思議な魅力だ。

文・写真/工藤直通
くどう・なおみち。日本地方新聞協会特派写真記者。1970年、東京都生まれ。高校在学中から出版業に携わり、以降、乗り物に関連した取材を重ねる。交通史、鉄道技術、歴史的建造物に造詣が深い。元・日本鉄道電気技術協会技術主幹、芝浦工業大学公開講座外部講師、日本写真家協会正会員、NPS会員、鉄道友の会会員。












