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「特別ノ御高配」はどうなったか?

ところで、大田海軍少将が死に臨んでただひとつ国家に願った「特別ノ御高配」は、その後どうなったのであろうか。

「後世」とは、戦がすんで平和が来たら、というほどの謂(いい)である。少くとも、遅ればせながら本土復帰を果たし、海洋博のお祭り騒ぎを挙行することが「特別ノ御高配」ではあるまい。それどころか不平等条約の許(もと)に、夥(おびただ)しい異国の兵と涯てもない進駐基地を背負わされ、騒音に悩まされ暴行を受け続けてきたのである。本土の防波堤として斯く戦い、その3分の1を失った沖縄県民が、である。

50年間、県民はこの不条理を耐え忍んだ。そしてひとりの少女の勇気によって、問題は提起されたのである。言うに尽くせぬ怒りを携えて上京した県知事を、首相と閣僚はまるで腫(は)れ物にさわるような微笑をもって迎えた。何ら合理的な回答も与えはしなかった。むしろ、黙殺に近い。

村山首相はおそらく、軍人としてあの戦を戦った最後の総理大臣となるであろう。もしかしたら彼は、何はさておきこの問題を解決するために政権を執(と)ったのではないかと私は思う。それが天命であると思う。

50年前の沖縄で20万人の人が死ななければ、かわりに20万人の誰かが死んだのだという明らかな予測を、われわれは肝に銘じなければならない。だからわれわれは人間たる信義において、沖縄県民の納得する回答を用意しなければならないと思う。その結果どのような国際的摩擦が生じようと、経済的な打撃を蒙(こうむ)ろうと、われわれは甘んじて受けねばならない。

日本国民の多くが、このたびの事件をまるで他国の災厄のように感ずるのは、半世紀の施政者が沖縄県民の正当な怒りをことごとく黙殺し続けてきた結果である。沖縄戦を外地の戦と認識し続けてきた結果なのである。

大田海軍少将が沖縄県民の敢闘ぶりだけを打電して小禄の洞窟に命を断ったそのころ、摩文仁(まぶに)の海岸を満身創痍で徨(さまよ)うひとりの少年がいた。奇(く)しくも少将と同じ姓を持つ鉄血勤皇隊員である。

ただひとり生き残った少年は、友人たちの血で染まった海に、あてもなく泳ぎ出した。彼は後にこう述懐する。

「何時間かたって目ざめると、なぎさに打ち上げられていた。『お母さん』と呼んだら涙が流れた。涙がほほを伝って口に入った。そのしょっぱさを噛みしめながら、岩の上に指で『敗戦』と書いた」、と。

50年ののち、沖縄県知事となって国家の不実に立ち向かうことになった大田昌秀氏は、公人としての立場上こうした体験はもう語るまい。だがわれわれは、その穏やかな怒りに鎧(よろ)われた言いつくせぬ真実を、すべて知らねばならない。

摩文仁の海に血も涙も流しつくしてしまった少年の体には、鉄の血が流れている。

沖縄県民は斯く戦い、そして50年間、斯く戦ってきたのである。

(初出/週刊現代1995年12月2日号)

2人の大田さん

大田実

大日本帝国海軍少将(戦死後、中将に特別進級)。明治24(1891)年、千葉県長生郡長柄町生まれ。旧制千葉中学を経て、明治43(1910)年、海軍兵学校入校。海軍における陸戦の権威として知られる。

昭和20(1945)年1月より、沖縄根拠地隊司令官を務め、米軍の沖縄上陸に際し、約1万の兵力をもって、沖縄本島小禄での戦闘を指揮する。6月13日、豊見城村の海軍司令部にて自決。享年54。

大田昌秀

元沖縄県知事、元社会民主党参議院議員、琉球大学名誉教授。大正14(1925)年、沖縄県島尻郡具志川村(現久米島町)生まれ。沖縄師範学校在学中の1945年3月、鉄血勤王隊に動員される。同期の3分の2以上が戦死するなか、九死に一生を得て、10月、米軍の捕虜となる。戦後、早稲田大学教育学部を経て、米国シュラキース大学に留学。1990年から1998年、沖縄県知事を2期務める。

1995年9月4日、米兵3人によって12歳の少女が暴行されたことをうけ、10月21日、宜野湾市海浜公園で開催された「米軍人による暴行事件を糾弾し、地位協定の見直しを要求する沖縄県民総決起大会」に、知事として参加し、米軍基地の縮小と日米地位協定の改訂を訴えた。2017年6月12日、死去。享年92。

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

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おとなの週末Web編集部 今井
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