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歴史に埋もれさせてはならない事件

──これは物語ではない。原爆の犠牲になられた旧朝鮮王族のお名前は李殿下といい、自決したお付武官は吉成弘中佐という。

多少の想像を加えてはいるが、まぎれもない事実である。想像を加えなければならなかった理由は、それぐらいこの出来事が歴史の中に埋もれてしまっているからである。

私の蔵書のうち、ほぼ3分の1は戦史と軍事関係の書物であるにも拘らず、思い立ってこのことを書こうと思ったら、記述はわずか1冊しか発見できなかった。だからたいへん不謹慎な話ではあるが「李」というお名前にどういうふりがなを振っていいのかもわからない。

それでも私は、夏の去らぬうちに書いておかねばならないと思った。この事件が歴史に埋もれてしまうこと自体、理不尽だと感じたからである。

戦後50年を迎えた今年、話題と論議はほぼ2つに集約されたと思う。ひとつはスミソニアンの原爆展騒動とフランスの核実験に伴う、原爆の回顧である。

もうひとつは、韓国の従軍慰安婦問題を初めとする、戦時賠償についてである。

一見してこの2つは別問題のように思えるのだが、実は不可分の事実であることを、李殿下はわれわれに教えてくれる。

われわれは議論をしなければならない。しかし自己の正当性ばかりを主張する議論は無意味である。

要するに、毎度口をすべらせる日本の政治家は、誰ひとりとして李殿下の理不尽な死を知らない。原爆投下を正当な行為であったと主張し続けるアメリカ人も、その死を知らない。そして、もちろん一方的な被害者である韓国国民には、理不尽に殉じた日本軍人がいたことを、知って欲しいと思う。

戦後50年という節目の持つ大命題は、不戦の誓いである。謝ることや責めることや、言いわけや開き直りや、そういうレベルの論議よりも、もっと節目にふさわしい国家間のシンポジウムがあってしかるべきであろう。

爆心地の橋脚の下でじっと蹲っていたという異国の王子は、そのときいったい何を考えていたのであろうか。よその国の軍服を着、よその国の落とした爆弾の熱にその背中を焼きながら。

李公の遺骸はただちに妃殿下の待つ京城の自邸に空輸されたという。だがおそらく、その魂魄(こんばく)は祖国に帰ってはおるまい。人類が核兵器の愚かしさを知り、真の不戦を誓うその日まで、彼はたぶん相生橋の橋脚の下で理不尽の炎に背を焼きながら、今もじっと蹲っているにちがいない。

(初出/週刊現代1995年8月19日号)

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

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おとなの週末Web編集部 今井
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