夏坂健の読むゴルフ「ナイス・ボギー」

「バードン・グリップ」の真の考案者とは?ゴルフ史が塗り替えられた手紙の内容

今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。…

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今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。

夏坂健の読むゴルフ その29 バードン・グリップの真贋

定説は、「ゴルフ界の三巨人」の一人が完成させた

色っぽい女性が、レッスンプロからグリップの手ほどきを受けている。

「いいですか、左ゆびは中央に置きます。次に右小ゆびを一本だけずらして、左人差しゆびにからめ……」

女性は、しきりにぐにゅぐにゅやっていたが、混乱して複雑に交錯するばかり。ややあって、熟れた吐息と共に呟いた。

「ゴルフって、変態遊びみたいね。それで、次はどの辺をロープで縛るつもり?」

アメリカン・ジョークの一つだが、確かにゴルフほど道具を複雑に握るゲームは他に類がない。それでも19世紀まで、人々はベースボール・グリップで小さなボールと格闘してきた。しかし、野球式では右手が強く働いて方向定まらず、1897年ごろ、全英オープンに6回も優勝したバリー・バードンが試行錯誤の末、ようやく「オーバーラッピング」を完成させた。というのがゴルフ界の定説だった。

右の小ゆびを一本どけることで4対5の比率、左右のバランスが絶妙に保てると考えた彼は、このグリップで世界の頂点に立ったが、実は当初からケチがついていた。

同時代に活躍した「ゴルフ三巨人」の一人、ジョン・ヘンリー・テイラーが、あのアイデアの提唱者は自分だと公言してはばからず、「テイラー・グリップ」と書くように雑誌記者に要求する一幕もあった。いずれにせよ完成させたのはバードンの努力、彼の名は年間最少ストローク数のプロに与えられる「バードン・トロフィー」と共に不滅である。

さて、数年前のこと。私はスコットランドを中心に図書館、資料館、古いゴルフ場の書庫の片隅など、片っ端から漁る作業に没頭していた。その姿から、「ビーバーの旅」と自嘲し、地元の人には「アジアから来たゴルフの考古学徒」と名乗ることもあった。

そうしたある日、由緒正しきロイヤル・マッセルバラに所蔵された初期のファイルの中に、えらい物を発見した。

文学の教師にして最強のアマ・ゴルファー

当初の目的は、1889年と91年の2回、全英アマ選手権に優勝したジョン・ラドレーの実像取材にあった。

マッセルバラに生まれた彼は、学校の先生をしながらマッチプレーに55連勝の大記録達成、その凄絶にして華麗な試合運びから、「マッセルバラの殺し屋」とも呼ばれた男である。

1878年のウェールズ・アマ選手権に優勝、一躍デビューする。ストロークプレーには生彩乏しかったが、反対にマッチプレーでは出場した全試合とも14番ホールまでに相手を片づけている。

「どのコースであれ、彼は15番以降のレイアウトを知らない」

当時の「エディンバラ・タイムズ」も、このように書いている。通常のプレッシャーに加えて、マッチプレーには目前の相手との苛酷な駆け引きもある。

ヘンリー・ロングハーストは「ゴルフにおけるデスマッチ」と表現したが、そのサバイバルゲームに55連勝とは人間技に非ず、さぞや鬼のような人物と思いきや、なんと詩が専門の文学の先生だった。

あまりの落差に驚きながら、古いファイルを丁寧にめくっていくと、クラブの理事トーマス・クレンドンに宛てた彼の手紙がテープで止めてあった。1918年10月6日、シェフィールド局の消印が読み取れる。逆算すると亡くなる2年前に投函されたものだ。

手紙の文字は美しく、いかにも詩の研究に生涯を捧げた碩学の人柄が偲ばれる。しかし、書かれた内容はド肝を抜くに十分だった。冒頭、自分の病気は一進一退、これから長い冬を迎えるかと思うと気が滅入ると綴ったあと、

「ゴルフと共に歩んだ人生は、いま思い返すだに幸せすぎるものだった。ゴルフから実に多くのことを教えてもらったが、唯一、自分が考案したグリップによって多くの人がプレーを謳歌する姿に触れると、いくらか恩返しが出来たように思う」

ラドレーは、1878年のウェールズ・アマ選手権に勝ったころ、早くも右小ゆびを左人差しゆびの上に重ねる「オーバーラッピング」で試合に臨んだと述べている。

当初は右の2本をはずしてみたが、これでは左が強くなりすぎる。結局右4、左5が適当とわかって、自分のものにするのに1年近くも打ち込みを続けた。

「私のグリップに気づいた者は、判で押したように笑うのだった。なかには、お前さんの真似をしてみたが、ゴロしか打てなかったと文句をつける者もいた。自分としては4対5の比率こそグリップの究極と信じて、生涯、この握りでゴルフを続けた」

ゴルフ史が塗り替えられる大発見

1890年の夏、スコットランドのリボンで行われた「あざみ杯」に出場した彼は、ジャージー島出身のハリー・バードンと名乗る若者と対戦、これまた14番ホールに辿り着く前に一蹴する。

「もしそのとき、彼が私と同じグリップでゴルフをしていたならば、絶対に気づかないはずがない。私の記憶では、彼はナチュラル(野球)グリップでボールを打っていたように思う」

バードンは1870年生まれ、ラドレーと対戦したときは20歳のルーキーであり、その3年後に全英オープンに初出場して予選落ち、翌94年に5位、そして96年、ミュアフィールドに於てJ・H・テイラーと手に汗握るプレーオフを演じて初優勝を遂げる。それからというもの、当時のプロが平均83で回るコースを、悠々72前後でホールアウトする実力を見せつけ、ジェームズ・ブレードを加えた「ゴルフ三巨人」の頂点に立つのである。

「新聞、雑誌などにバードンの新グリップが紹介されたとき、私の知人たちはアイデアの盗用だと騒ぎ、各社にコトの顚末を書いて郵送する者もいた。しかし、一アマチュアが考案したものと、天下のバードンが編み出したものでは値打ちが違うと踏んだのか、どこも取り合ってはくれなかった。私にしてみると、発明者は誰であれ、ゴルフ界に寄与できたことは身に余る名誉だと思い、ことさら騒ぎ立てる真似だけはしなかった」

いかにも真のゴルファーらしく、彼はつつましやかな人間だった。一方、バードンもまた立派な人物、自分のグリップについては自著『How to play Golf』(1912年刊)の中で、次のように触れているだけ。

「利き腕の力を弱めることによって、実は左腕の能力が生かされ、ようやく左右の腕が思いきり振れるスウィングが実現したのである」

自分が考案したとは、どこにも書いていない。この握りに「バードン・グリップ」の名称を献上したのはアメリカのマスコミだ。

1900年、大西洋を渡って全米オープンに出場した彼は、アメリカ人以外で最初の優勝者となった。当時はゴルフの知識も乏しく、バードンが実践するグリップは一種のカルチャーショックだった。そこから彼の名がつけられたようである。

「いずれにせよ、どうでもいいこと。ゴルフ界発展のお役に立てて、とても満足している。プレーが叶わなくなったいま、思い返すのはゴルフのことばかり。泡沫の人生の中で偉大なるゲームとめぐり逢えた私は、真に果報者」

ジョン・ラドレーの手紙は、こう結ばれてあった。また一つ、ゴルフ史が塗り替えられる話に遭遇した感がある。

(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

『ナイス・ボギー』 (講談社文庫) Kindle版

夏坂健

1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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