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人は人生1発目で間違ったスウィングに汚染される

キャシー・ウィットワースの場合、すでにアマ選手として十分すぎる評価を得ていた。しかし、1番ティから最後まで密着した正体不明の女性ギャラリーが近づいて微笑した瞬間、あまりのことに息が出来なかった。

「そういう訳なのよ」

パティは、握手しながら言った。

「こっそり観戦して、ごめんなさい。あなたが緊張すると困るから」

ミネソタ州の大きな穀物商人の娘に生まれただけあって、彼女の発言はいつも直截的だった。

「とても上手だけど、いまの打ち方では駄目。間もなくフックの曲がりがひどくなってシワが増えるわよ。私のところにいらつしゃい、全米一のゴルファーにしてあげる」

スポーツ界の逸材に関する情報を集め、資料と写真の分析に時間をかけた上、よしと思うと直ちに赴いて口説きにかかる。その合格点とは、

「体のしなやかさ。歩行中も背骨が左右に揺れないバランスの良さ。最後に根性がありそうな面構え」

こう語っている。「人狩り」は女性にとどまらず、野球、フットボール、テニス、アイスホッケーなどの分野から男性まで釣り上げて、フロリダのフォートマイヤーズにある自宅別棟の部屋を提供した。

サンドラ・パーマーの打ち明け話によると、最初の1ヵ月はスタンスの基本と素振りだけ、ボールは打たせてもらえなかった。

「初心者の目の前にボールを置いてごらんなさい。誰だって力まかせに飛ばそうとするでしょう。そのとき、つまり人生最初のひと振りが問題、1発目にして早くも間違ったスウィングに汚染されるのです。1歩目から間違った方向に歩きだした人は、振れば振るほどゴールに背中を向けて走るランナーと化して、ついに生涯、本物のスウィングがわからないままに終わるのです。

いいですか? 素振りのフォームが完成するまで、絶対にボールは打たないでください。私の言葉が守れない人は、直ちに帰ってもらいます。

これがパティの初日の挨拶でした」

パーマーが初めてボールを打ったのは、クラブを握って5週目だった。マットに向かって一心不乱に7番アイアンを振っていると、目の前に立っていた師匠がひょいと白球を置いた。驚く間もなくクラブは振り下ろされ、ボールは150ヤード彼方まで美しい放物線を描いて飛び去った。

「それはもう、信じられない出来事でした。だって人生最初のショットが、まるでプロ並みに飛んだのよ!」

これがパティ流の教育法だった。ようやく始まった実践ラウンドでは、その場で必要とされるショットについて誰もが納得するまで説明し、何日かかろうとも出来るまで練習をやめさせなかった。

1940年、まだ女性がプロとしてやっていけるかどうか、皆目見当もつかない時代にプロ宣言すると、ベッツィ・ロールズ、ミッキー・ライト、ルイズ・サッグスらに呼びかけて、女子プロのトーナメントを開催する。

「当初のギャラリーときたら、まるで芝の上のストリップショーでも見るような目つきだった。私は選手層を厚くするために、年間200日も各地を飛び歩き、1982年までに約2000人の女子プロを育てた」(自伝『Patty Berg on Golf』より)

こんにちの隆盛は、彼女の努力によって築かれたものである。

「2年あれば、どんな人でもプロにしてみせます。実は、プロになるだけなら正しい打ち方をマスターするだけのこと、要は努力次第です。問題はプロになって勝つことにあります」

つい数年前まで各地を講演して歩いた彼女は、決まって「勝つ秘訣」を語るのだった。

「誰もが勝ちたいと思っている。たった8人のコンペに参加してさえ、勝つことに全力をあげるのがゴルファーという名の人種です。しかし、本当に必要なのは意気込みと別物、勝つための意志を最後まで持続する精神力、これが問題なのです」

ある講演会場では、1人の観客が質問に立った。

「あのう、プロになるためには、どの程度練習したらいいのでしょうか?」

すると彼女、こともなげに答えた。

「Sun up, Sun down.」(日の出から日没までよ)

(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

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夏坂健

1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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おとなの週末Web編集部 今井
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