いい意味で老舗らしからぬ世界観に感服
三品目の「お造り」は、こういう所が本当に老舗の技だなァと感服するほど見事にエッジの立った「本鮪」。辛味大根醤油でいただく旬の「寒鰤」。そして魚介類の中でも淡白な旨みが売りのフグに、濃厚な旨みが売りの鮟肝をのせるという、聞いただけで「ウマイに決まってるじゃん!」な「柚子釜盛り」。
ペアリングするのは、ここで初めて日本酒登場、「久野九平治本店 黒田庄町福地」。自社田で収穫されたお米で作られるテロワールにこだわり抜いたこの日本酒は、ワイングラスでやってくる。
それも! ドッシリ丸形のブルゴーニュータイプの、グランヴァンクラスのワインじゃなきゃ使わないような大型のワイングラス。最近、日本酒をワイングラスでサービスする店も見かけますが、こういう形できたかと。そして、このグラスで呑む日本酒が、また馥郁と太く、冬ならではの味わい乗った刺身と合う。
四品目の「焼物」は「白ぐじ柚香焼 鱗揚げ 酒盗ポテト 生ハム膾巻 銀杏松葉 酢橘」。これは本当に驚いた。だって白ぐじですよ。白ぐじ……白甘鯛ですよ。この魚、そうとうに幻系の超高級魚ですよ。
市場でもほとんどが「高級料亭にのみ出荷」なんて話は聞くので、『なだ万』に卸されるのは不思議でもなんでもないんですが、全国規模で展開しているこのコースに登場させるほどに白甘鯛を確保して仕入れてることに、しつこいようだけど驚いた。
そして甘鯛といえば、鱗がとにかくおいしい魚で有名ですが、そのサクッと揚げた鱗が、官能痺れるほど旨く、そして鱗の立った姿がまるで天然水晶のクラスターのように美しい。
そこに生ハムと大根のナマスを巻いた品や、ワインに合わないとさっき書いた塩辛系の珍味の酒盗をポテトと合わせて魚臭さをマスクして圧倒的に食べやすくしつらえた品。そしてペアリングするのは、魚介類には安定の白ワインであるサンセールから『サンセール シェール・マルシャン』。
五品目の「焼き物」は「博多和牛すき煮」。さっと熱の通った薄桃色の和牛を、卵の黄身が入ったとろろで食べる。そこにカリフォルニアはナパバレーを代表する赤ワイン「ケイマス・ヴィンヤーズ カベルネ・ソーヴィニヨン」。
口中がアミノ酸で占領されたかのようなとろろで食べる醤油味の和牛。チョコを彷彿とさせる味わいのカベルネ・ソーヴィニヨン。両者がネットリと絡みつく豪儀なまでの日本料理と赤ワインのマリアージュ。味覚中枢悶絶。
そしてコースは「バター」が香る「北海道産帆立」と「アスパラ」が入る「佐賀県産さがびより釜炊き御飯」に「香の物」「止碗」と続き、「水菓子」の「すくい塩アイス 博多あまおう 抹茶アフォガード チュロス」で締めとなる。
あたり前の馬鹿みたいな感想として、まずなによりおいしかった。そして伝統的な日本料理が出てくるのかと思ってたら、それだけにとどまらない多様性のある食材と調理法が繰り出されてくることに「おお」と思った。
イチゴとアイスクリームに熱い抹茶を掛ける、イタリアのアフォガードを日本の食材で昇華させたような水菓子とかね。
オレンジワインの魅力を初めて知ったんだけど、それが日本料理店だったという事実も、考えてみりゃすごいことですよ。「和のペアリング」といいつつワールドワイドにワインを合わせ、日本酒が登場してきたと思ったらグラスはブルゴーニュのワイングラスでね。
伝統と進取の意気といいますか、まぁとにかく料理の世界観が広い。その広い世界感の『なだ万』を体験することで、「おいしい」という、その時の感銘だけに終わらず、これからの自分自身の料理や食に対する世界観も、ひと銀河分くらい広がった想いである。
もともと日本って家庭の料理でも昨日は焼魚、今日はパスタ、明日は餃子っていう風に、常時和洋中入り交じった料理を台所で作って食べている、世界でも類を見ない食文化に多様性のある国じゃないですか。
その多様性のある日本の食文化を、日本料理の伝統と技術をもとに最も洗練された最先端のスタイルで最上の食材と味わいで体感させてくれる。そして、それはその日の非日常の「おいしかった」という至福の体験だけにとどまらず、食べた人の食の世界観までもを広げてくれる場所。それが『なだ万』なのかもしれない。
■『紀尾井 なだ万』
[住所]東京都千代田区紀尾井町4-1 ホテルニューオータニ ガーデンタワーロビー階
[営業時間]朝食7:00~10:00(10時LO)、昼食11時半~14時半(14時LO)、夕食17時~21時(20時LO)※懐石は19時半LO
●『なだ万』HP:https://www.nadaman.co.jp
●『なだ万総料理長監修 特別コース 美食爛漫』詳細:https://www.nadaman.co.jp/restaurant-info/202312_specialcourse/
取材・撮影/カーツさとう