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今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。

夏坂健の読むゴルフ その46 ある表彰式の出来事

天使の歌声を持つ天才ゴルファー

アイルランドに数多く見られる教会の中でも、シャノンの丘に堂々の威厳を誇る12世紀建立の聖パトリック教会の存在は、他と別格の感がある。

ケルト文化特有の直線的建築美もさることながら、光線によって7色に変化する純白の大理石の外観が、えも言えず神秘的なのである。

1913年5月、この町に生まれたエリック・フィディアンは、類稀な美声が認められて5歳から聖歌隊に迎えられると、7歳にして早くもリード・ソプラノの席が与えられた。この早熟記録は、こんにち現在まで破られていない。

教会の資料室に保存される『The Datebook of Choir』の1921年版によると、少年エリックは27曲の賛美歌でリード・ソプラノをつとめたが、とりわけ誰もが絶賛したのが年に4回だけ彼が歌う「アヴェ・マリア」だった。

澄み切った天与の美声は嫋々と流れて聞く人の魂を揺さぶり、あまりの素晴らしさに感極まって、

「あれこそが天使のハミングに違いない」

そう呟いて、誰もが目頭をぬぐったと記録にある。長じて彼がアマゴルフ界で頭角を現わしたとき、「聖歌隊のエリック」と呼ばれたのも当然すぎる話である。


背はそれほど高くなかったが、骨格たくましい金髪の美少年にもう一つの才能が宿ると見抜いたのがジョン・アルゴン司祭だった。

サッカー、ラグビー、何をやらせても敏捷かつ正確、加えて度胸も申し分ないのだ。全英アマ選手権に出場したこともある司祭は、キングストンのコースに付帯する練習グリーンに彼を伴って、毎週日曜日の夕方、ここでパッティングの勝負をしようと誘った。

「グリーン上では誰もが互角。想像力と決断力、この2つさえあれば女子供でも巨人を雑作なく倒すことが出来る。ここがゴルフのおもしろいところ、腕力の通用しない世界には汲めども尽きぬ知的興奮というものがある。さあ、来週からグリーン上の18ホール、真剣勝負を始めるぞ」

パターを手渡しながら、司祭は2点だけ注意を与えた。

「あれこれ試した上で、1時間立っていても疲れない姿勢を見つけること。次に、両手を合わせてぶらぶら振ってみる。スムーズに動く場所がヒッティング・ポイントだ。そこでストロークしなさい」

これぞパッティングの奥義、10歳の少年はゴルフの究極からゲームに足を踏み入れたことになる。

その証拠に、1年足らずして彼は互角の闘いに汗を流すまでに成長した。

パットがうまい者はゴルフに悩みを持たないと、スコットランドの古諺は言うが、果たして1932年の全英アマ・ストローク選手権に出場した彼は、2日目に「68」の好スコアを出して首位に立つと、3日目も「69」でホールアウトして4打差のリード、そのまま優勝すると思われた最終日に、なんと「77」も叩いてバリー・ドレーンに1打抜かれてしまった。

しかし、デビュー戦としては申し分ない成績。無口だが微笑を絶やさず、誰に対してもやさしい美男子に注目が集まり、2つの雑誌が聖歌隊時代の写真入りで紹介するほどの人気ぶりだった。

翌1933年のアイリッシュ・アマ選手権は、ロイヤル・カウンティダウンに選り抜きの42選手が集まり、1日36ホールの凄絶なマッチプレーによって行われた。この試合こそ、エリック・フィディアンの名を球史に留める奇妙な舞台となるものだった。

決勝戦に進出した彼は、ショット、パット共に絶好調だった。クリスティ・オコーナー、ハリー・ブラッドショー、あるいはジミー・キンセラ、近くはジョー・カー、イーモン・ダーシーといったアイルランドの名手たちと同様、彼のスウィングもひどく個性的であり、小さなトップから左腕を地面に叩きつけるように振って、フィニッシュには無頓着。周囲が「いつ打ったの?」と、呆れるほどの早打ちだった。

「なぜ、アイルランドのゴルファーは揃って早打ちなのでしょうか?」

記者に尋ねられて、彼はこう答えている。

「私たちは先輩から、次のように教えられてきた。もし時間をかけてナイスショットが約束されるなら、1ラウンドに10日かけても待とう。しかし、打ってみなければわからないのがゴルフ、あっさり打ったミスは、あっさり忘れることができる」

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おとなの週末Web編集部 今井
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