「ベテランに握って欲しかった」と思われないために
「日々仕事をしていると、引け目を感じてしまう」とは、どういうことだろうか。
「『久兵衛』では同じフロアにまな板が4枚あります。先輩によく言われたのは、同じ金額を使っていただくお客様に、若手の僕が隣のベテランに握って欲しかったと思われないためにはどうしたらいいか。やはり誠心誠意やること。そのために、きちんと見ていることをお伝えするためにお声かけをするなど、時間や空間込みで納得してご満足いただけるように最大限努めることが大事だと思っています」
10年は続けなければという思いで忙しい『久兵衛』での日々を送ってきた木目田さん。本店の銀座をはじめ現在は7店舗を展開する『久兵衛』に、同期入社はホール担当などを含めて20人ほどいたのだそう。理由はさまざまながら1人辞め2人辞め、いつしか残ったのは木目田さんだけだった。
寿司職人の世界はそれほどまでに厳しいものなのだろう。どんな思いで続けられたのか。
「家族だったり友達だったり自分の成長を楽しみにしてくださる方がいたからです。よく職人の世界は大変だと言いますが、どの仕事もお金をいただくプロの仕事の責任の重さは一緒ですよね。大変なのは自分だけじゃないと思っていました」
11年目で“外の世界”に、新天地は沖縄のリゾートホテル
11年目でそろそろ外の世界も見てみたいと『久兵衛』を卒業した木目田さん。店を任せたい、海外で働かないかなど、引く手数多だった。
選んだのは「条件としては余りいいものではありませんでしたが、お金以上に得られるものが多そう、成長できそうと思った」という沖縄のリゾートホテル『ハレクラニ沖縄』(恩納村)。しかも、コロナ禍の真っ最中だ。その生活はどうだったのだろう。
「とても勉強になりました。和食レストランだったこともあり、四季折々の魚以外の食材を見られたのが楽しかったですね。今、僕に付いてくださっているお客様は、ほとんどが『ハレクラニ』時代の方。『久兵衛』ではあくまで一職人として、自分の色は出せません」
約2年間、ハレクラニ沖縄で腕を振るった木目田さんだが、彼を見ているとつくづく人のご縁を大切にすること、そして何より、チャンスの神さまの前髪を見極めること、それに備えて自分を磨いておくことがいかに重要かがわかる。
「良い職人の条件は、心技体のバランスに優れていることだと思います。技術はある程度やれば、正直なところ形になります。でも技術だけあってもダメですし、その先ですよね。いろいろなお客様がいらっしゃるので、感じて、察知して動けるかという、柔軟な対応が求められます」
『神田錦町 鮨 たか晴』のカウンターに座っていると、目端のきいた気持ちの良い接客があり、この言葉が理解できる。